安倍首相とトランプ大統領を「蜜月」と表現して来たのはもともと日本メディアだけだ。昨年のトランプのアジア歴訪では、日本のゴルフ接待ではトランプは松山プロとのプレーは確かに喜んでいたが、ゴルフの腕がはるかに落ちる安倍を後に残してどんどん先に行ってしまい、安倍がバンカーにハマってすっ転んだことを小馬鹿にするジョークまでコメントしていた。一方で北京では紫禁城(故宮博物院)を習近平自らの案内で見学できたことに大喜びで、習近平と個人的にも(孫の話などで)いかにも意気投合していることを盛んにアピールしていた。
…と言うか(ちょっと脱線)、安倍だって首都圏なら日光東照宮にでも案内するとか、どうせなら京都で会談して二条城か銀閣寺にでも連れて行き、銀閣寺なら東求堂同仁斎で一対一会談を行い(安倍にこの部屋の歴史的な背景を説明する能力さえあれば完璧な場なのだが)、その後の食事は最高級の懐石でおもてなしでもすれば、トランプは素直に喜んで上機嫌で敬意を表しただろうし、安倍政権が進める観光振興にも貢献できただろうに、この総理大臣にはまったく日本文化を誇り愛する気持ちがないようだ。
かつて中曽根康弘はロナルド・レーガンを奥多摩の自らの山荘に招待し、その茶室で自ら茶を立ててもてなし、俳句の手ほどきもやっていた。当時はまだアメリカ人にはほとんど理解されなかったかも知れないが、今では日本のtea ceremonyと言えば世界的に有名で、その深い哲学性に憧れも大きい。なのになぜ安倍の場合は、こういう時に鉄板焼きやハンバーガーなのか? 自国に誇りをまったく持てず、しかも教養のかけらもない総理に外交をやらせるのでは国辱を重ねるばかりで(しかもゴルフも下手)、その対米外交は個人レベルでもひたすら下手に出てニヤニヤ愛想笑いに終始するばかり、国家レベルでも媚を売り抱きつき依存し隷属することにしかなっていない。
こと今回の訪米・首脳会談の前には、鉄鉱・アルミニウムの制裁関税の対象からトランプが日本を外さなかったどころか、この政策を正当化するスピーチでは安倍個人を名指しして、その smiling つまりニヤニヤの愛想笑いをあげつらって人種差別的にこき下ろしてまでいる。アメリカのメディアは会談前から安倍をトランプに snubbed (わざと無視する、これ見よがしにはねつける、の受動態)と形容していたし、無視されていると言えばこの会談のきっかけ自体、トランプが安倍になんの相談もなく米朝首脳会談を即断したことだった。
形だけの「拉致問題」言及が安倍「外交成果」?
今回の日米首脳会談が決まった時点では、米朝首脳会談をトランプが即断し、その事後報告でトランプから電話があり、そこで安倍が日米首脳会談を要請したと言う報道だったはずだ。それがいつの間にかトランプとの電話は米朝首脳会談決定の発表の「前に」あったことになっている。
どっちにしろ官邸からのリーク報道なので、少しでも首相に都合よく情報を操作しているのは当たり前だが、しかしどっちにしろ電話して来た時点でトランプは金正恩との直談判を決めていたのだから、発表の前か後かにこだわること自体ナンセンスというか、あまりにいいわけがましくかえって不安になる。なにしろ本来なら日本に事前の相談があってしかるべき(特使はその後訪日して安倍に説明をすることになっていた、その後で日米協議の上、というのが普通の手続き)なのにそれがなかったし、もっと言えばトランプは事前に相談すれば安倍が猛反対するのが目に見えていたから、すでに決定した自分の判断に安倍を従わせることしか考えていなかったのだ。しかもその後は安倍が反対なのをあえて無視して愚弄するように、「日本だって上空をミサイルが飛び越えることがなくなるんだから喜んでいて当然」と、その反対を封じ込める発言まで続けていた。
一体どこに「蜜月」があったのだろう? ゴルフ? 今回は日本側が一度は断ったのをトランプがゴリ押ししただけだ。なのにプレー中に、トランプは「世界中の首脳がここに来たがっているがシンゾーは2回めだ」と恩着せがましく言った上で、「ここに来たんだからゴルフをしなきゃ意味がないだろう」と安倍に同意まで求めたという。
もう完全にバカにされきっているのに、安倍首相にだけはその自覚がないらしい。まったくうまく球が飛ばない安倍に、同行したプロ選手がアドバイスをすると、今度は珍しく飛距離を出せたそうだ。するとトランプが「交渉でタフなシンゾーに、ゴルフでもタフになられては困るじゃないか」と言ったという。こんな見え透いたお世辞に本気で喜んでいたのだとしたら、「いったいなんのための訪米なんだ」と与党内で囁かれていた不満がますます高まることだろう。
トランプがわざわざ言うまでもなく、日朝交渉になれば拉致問題は当然議題に
会談では一応、金正恩との会談の際にトランプが日本人拉致問題を取り上げること、大陸間弾道弾に限らず中短距離も含むミサイル開発の凍結を要求することが確認はされた。しかし日本メディアがこの二点をもって日米の意思の「一致」と「すり合わせ」の成功を喧伝しているのは、これだけスキャンダルが相次いでいる政権相手なのに、5年の間に染み付いた配慮忖度のクセがまだまだ抜けていないことに呆れるほかはない。
もちろんより客観的で慎重な一部のメディアは「一応の」一致と限定をかけているが、この程度のリップサービスで満足しているようでは、それこそいったいなんのための訪米だったんだ? そんな不安と日本が完全に取り残されている危機感に加え、安倍がこの媚び売り訪米で貿易問題で国益を大いに損ねてしまったことへの不満が、政府与党内ではさすがにくすぶっているようだ。
結論から言ってしまえば、もともと拉致問題の解決をトランプに期待すること自体がナンセンスなのだ。その上今度は安倍が無駄なお願いをしたせいで、トランプが「日本の拉致問題も考えてやってくれ」と金正恩に言う以上はなにもやってくれないことまで確定してしまったのが今回の首脳会談である。アメリカが本気で拉致被害者の解放に尽力する気なら、単に日本人拉致ではなく身柄拘束されている米国民3人や韓国からの拉致の被害者も併せて包括的に外国人の人権侵害の問題を議題にする、と言ったはずだ。昨年9月の国連総会演説でも、今年の年頭の一般教書演説でも、トランプはこの論法で拉致問題にも言及していたのだし、またそういう取り上げ方でもなければ、そもそも米朝間の交渉の正規の議題にはなりようがない。
「できることは全てやる」と言うトランプのリップサービスを真に受けるのが滑稽極まりないのは、そもそも「できること」がほとんどないのだから当たり前である。日本人の拉致問題についてだけなら、トランプがアメリカ大統領という立場でできるのは「日本と話し合え」と言うことまでだ。
トランプの対日メッセージは要するに「俺がやることだ。安倍は口を出すな」
安倍との共同会見でトランプが「成果が上がらないと思えば会談はキャンセルするし、交渉中でも無駄だと思えば席を立つ」と明言したことを妙に評価したがる日本メディアというのも、今回の訪米で安倍が公言できない本音を無自覚に代弁しているのがなんとも滑稽なのだが(つまり安倍は米朝会談を潰したかったし、このまま危機的対立が続いて欲し買った。もっと言えばトランプが武力行使を始めれば日本も「集団的自衛権の行使」で北朝鮮と戦争ができた)、典型的な「希望外交」の愚でこのトランプ発言の意味を完全に取り違えている。
もちろんトランプの意図は、会談と米朝交渉を進めるかどうかは自分の判断だとはっきりさせること、つまり「続けるかどうかは俺が決める。『騙されている』と思うかどうかは俺の判断なんだから安倍は黙れ」、言い換えれば成果があると自分が判断する限りは交渉は継続するのだ、と安倍に冷たく言い放って、「北朝鮮に騙されるからひたすら圧力だ」と言い続けるだけの安倍の意見だか進言だかを排除し、今後の口出しを封じたに過ぎない。拉致問題に言及したのも、「それはやってやるから安心しろ」と告げてこれ以上は安倍が口を出せないようにしただけだ。
だいたい、今回の日米会談が今後のトランプの北朝鮮への対応になんの影響も及ぼさず、その外交方針になんの関係もないことを明示する姿勢は、最初からはっきりしていた。安倍との首脳会談の直前にわざわざ、トランプは自らのツイートで、マイク・ポンペオCIA長官(次期国務長官に内定)に極秘訪朝させていたことを公表したのだ。
いわば「日米首脳会談潰し」のトランプ大サプライズ発表、CIA長官が訪朝して金正恩と会っていた
メディアも各国の外交当局も、その関心はもちろんこちらのサプライズの方にばかり向かうことになった。安倍が今回の訪米で北朝鮮について何を言おうが、もはや興味の対象にすらならないように、トランプは最初から動いていたわけだ。
しかもすでに金正恩と面会していたポンペオを、トランプはその後すぐに次期国務長官に指名していたことになるわけで(議会の承認待ち)、つまり米朝交渉はやり抜くし、必ず成果を出す、と言うトランプの意思はこの上なくはっきり表明されたことになる。今回の安倍との会談にはそもそもなんの意味もなかったのだ。むしろ北朝鮮の話をしたがる安倍をうまく騙して呼び寄せて、通商貿易問題でガツンと一発食らわせることがトランプの計略だったとすら言える。
日本にとって最悪のタイミングまでが意図されていこの発表は、その中身自体が米朝交渉がぶっ壊れて北朝鮮を巡る「危機」が継続することをひたすら期待している安倍政権や日本のメディアにとっては大きなショックだったことだろう。トランプが「対話路線」だったティラーソンを国務長官から解任して「強硬派」のポンペオを後任に指名し、さらに安全保障担当の大統領補佐官もマクマスターからやはり「強硬派」のジョン・ボルトンに交代させたことは、日本にとってはこの米朝交渉が潰れるかもしれないと言う希望をつなげられる話だったはずが、実際に起こっていたことはまったく真逆で、ポンペオがすでに金正恩と面会していた、つまり交渉の準備が着々と進んでいることを、それも安倍との会談がまるで無視されるようなタイミングで、大々的にアピールされてしまったのだ。
アメリカの一部報道によれば、このポンペオ訪朝で北朝鮮は現在身柄拘束されている3人の米国人の解放で合意したらしい。これでは「米朝交渉では拉致問題にも言及する」と言うトランプの口約束に実際の意味がほとんどなくなってしまうのも先述の通りだ。そもそも日本と北朝鮮間の問題である日本人拉致をアメリカ大統領が交渉で取り上げるなら、それは自国民も含めた外国人の人権侵害の問題としてでなければ「それは日本と話し合いますよ」と北側が言うだけで終わりになるのだ。
外交辞令として安倍へのリップサービスでは拉致問題に触れたトランプ自身も、今回は安倍個人や被害者家族への心情的な配慮こそ語ったものの、政治外交問題や人権と正義を巡る問題としての言及を今回はまったくやっていない。国連総会での演説や一般教書演説で北朝鮮の人権問題を激しく批判(と言うか罵倒)したのとは、まったく態度が変わっているのだ。
日米首脳会談での安倍相手のトランプの北朝鮮に関する発言は、すべて政治的な中身のある実効的な話を慎重に排除した外交辞令のリップサービスでしかない。そこにすがりついて「日米の一致」をしきりに強調したがるしかない安倍外交は、いよいよ末期症状を露呈している。
米韓の想定する落とし所は「朝鮮戦争の正式な終結」。中国もこの路線に合意
北朝鮮問題についてなんの中身もなかった日米首脳会談とは対照的に、今週にいよいよ開催される文在寅・韓国大統領と金正恩の会談に向けての、米韓の連携した動きは活発化しているし、米韓両国がこの会談で目指している妥結点もほぼ明らかになって来た。韓国は現状、法的には休戦状態でしかない(つまりいつでも戦闘が再開され得る戦争継続の状態)朝鮮戦争を正式に終了させることを明言し、トランプもその韓国の方針への支持を明らかにしているのだ。
実は以前にも、朝鮮戦争の正式な終了は六ヶ国協議の中で議題になったことがある。この時には中国が賛成せずそのままになっていたのが、今回は中国外務省も平和の達成を妨害しないと明言している。ならば北朝鮮がこの話を断るわけがない。「体制の保証」を求めるのであれば戦争状態の終結、つまり北朝鮮がアメリカの敵国ではなくなることは、北側が以前から切望して来たもっとも重要な条件のひとつだ。
今週末の南北会談、そして懸案の米朝首脳会談は、最悪でもこの「成果」までは出せることが既に見えて来ている。だが会談の前にここまで明示されていると言うことは、会談の結果ではなく前提条件、出発点に過ぎないとも言える。朝鮮戦争の終了がすでにいわば既定路線になっているなら、これからの交渉で本当に注目すべきなのはその「先」だ。
まず戦争の正式終結となれば、米朝の正式国交の樹立における具体的なプロセスが、トランプ=金正恩会談の大きな議題になるだろうし、そのツメの作業は確実に今後の二国間の事務的協議に継続される。これだけでも一回目の米朝会談の成果として十分な内容にはなる(交渉が続く間は北の核実験もミサイル発射もないのだし)が、中間選挙をこの秋に控えるトランプにとっては、もっと目に見えてすぐわかる大きな「成果」が欲しいはずだ。
そんなもっと実際的で目に見える「成果」を米朝双方が狙うなら、すでに動き出す可能性が高いより大きな話もある。朝鮮戦争が正式に終結するのなら、米軍が国連軍の一部と言う名目で韓国に駐留し続ける理由がなくなるのだ。つまり在韓米軍は撤退ないし規模縮小すべきと言う議論にも当然なるし、それが進められるならば平和構築の大きなアピールにもなる。
アメリカの世論について言えば、トランプがそもそも公約していた安全保障政策はかつてのモンロー・ドクトリンを思わせる不干渉主義で、アメリカが他国の防衛のために軍を世界に駐留させて軍事費や人的な負担をアメリカ国民が負うのはおかしい、と言うものだった。国務省や国防総省、軍需産業は反対しても、保守派の世論はむしろ在韓米軍の撤退を歓迎するだろう。
また現在の韓国の、文在寅率いるリベラル派政権も、当然この路線を進めたいはずだ。国内の保守派や軍の抵抗は決して小さくないが、韓国がアメリカの属国状態であることを嫌う若年層を中心に強い支持も集まるし、朝鮮戦争の正式な終結は、これまで「戦争」「北朝鮮の脅威」を言い訳に温存されて来た韓国の、軍事政権時代の残滓と言える様々な社会的な不公正を抜本から改革できるチャンスにもなる。なんと言っても今時の若者には不評な徴兵制も、北との和解・友好が進めばもはや必要なくなるのだ。
在韓米軍撤退に抵抗する国内勢力をトランプは抑えられるかどうか?
しかしそうした世論とは別に、アメリカ政府としては在韓米軍の撤退はそう簡単には飲めない話なのも現実である。それどころか、在韓米軍の撤退を議題に上らせないためにトランプが金正恩と直接対話することに抵抗してきたのが国務省であり国防総省と、与党共和党のうち軍需産業ロビーに近い部分、いわば米政府内の「既得権」勢力なのだ。
トランプもこれまでその政府とワシントンDC内輪の反対が無視できないまま、少なくとも2017年の5月頃には「やりたい」と思い始めていた米朝首脳会談を、なかなか決断できないで来た。だからこそ今回は、反対の意見が表明されるスキを与えないタイミングがうまく出来上がるのを狙って、韓国特使から金正恩の意向が伝えられるやいなや即答で「やる」と言ったのだ。
米軍が韓国に駐留できる権利があること自体、国防総省とその周辺の軍需産業にとっては自らの権限や勢力、そして売り上げを確保できるだけでも重要な既得権だ。朝鮮戦争が正式に終結すればこの利権はなくなるのだから、反発や抵抗は決して小さくない。
さらに言えばアメリカの軍事的な世界戦略の問題もある。アメリカが韓国に軍を置き続ける本当の理由も対北朝鮮とは別にあって、北朝鮮の脅威は好都合な「いいわけ」でしかないのだ。文在寅の韓国大統領就任と前後して大きな問題になったTHAADの韓国配備も、中国が猛反発していたのはこれが実は中国の軍事力に対抗するものだからだ。在韓米軍の戦略的な本当の重要性は対中国、対ロシアの巨大な軍事力を考慮しての抑止力であって、ただし冷戦の終結後は表面上友好関係と相互の尊重を言い続けなければならないので、北朝鮮がアメリカにとって西太平洋に軍事力を展開させる上での格好の「いいわけ」になって来たのだ。
だがトランプと金正恩と文在寅、さらに習近平までが朝鮮戦争の終結で合意してしまえば、国防総省と軍と軍需産業は在韓米軍を置き続け、そこにアメリカの国費を使い続ける正当性を失う。この在韓米軍の撤退か少なくとも規模縮小も、すでにトランプの中では既定路線になっているし、既存の外交システムからの抵抗や反対を排除する必要があるからこそ、ティラーソン国務長官も解任したのだろう。
安倍の目の前で「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」を明言したトランプ
金正恩の方では今年の年頭の所感のビデオ発表と、その後は矢継ぎ早に外交カードを切り続ける中で常に明言している目標が「朝鮮半島の完全な非核化」だ。日本政府、安倍政権はといえば「北朝鮮の非核化」のみを「不可逆的」「検証可能」云々と言い続けるだけだし、日本のメディアもこれに同調する一方で、「朝鮮半島の非核化」では意味がまったく変わることについては言葉を濁している(これが客観的な報道と言えるだろうか?言えるわけがない)。
その金正恩が日米首脳会談の結果にあてつけるように最高人民会議の緊急会合を招集し、ミサイルと核兵器開発の凍結(といって、これは今年の最初からずっと言い続けていて今さら目新しいことは何もない)と核実験施設の閉鎖(これは流石にサプライズ)を決定したのも、日本のメディアは「今ある核兵器を持ち続けることになる」と必死にその意味を矮小化しようとしているが、これはまったくのナンセンスだ。対韓、対米交渉がこれから本格的に始まるのに、その前から核放棄を宣言するようでは、そもそもアメリカをなんとしても動かすカードとしてどうしても必要だったから核搭載可能なICBMの開発にあれだけのエネルギーを投じて来た意味がない。
金正恩はもちろん核放棄をやる気ならあるが、あくまでアメリカ次第だ。北朝鮮の安全が保証され脅威がなくなるのであれば核武装の必要がないという宣言は、言い換えればアメリカが北朝鮮を侵略することが絶対にないとどこまで保証できるのか、もっと言えば北が主張している「朝鮮半島の非核化」が実現できるかどうかに掛かっている。そのための交渉カードの中でも最大の切り札を、交渉が始まる前から手放すバカはいない。
だが「朝鮮半島の完全な非核化」がアメリカには応じられない相談であることも、本サイトでもこれまで繰り返し指摘して来た通りだ。
アメリカが「朝鮮半島の非核化」に本当に乗り出すのなら、トランプの歴史的英断
北朝鮮がアメリカの巨大核武装の射程に完全に入ってしまっているのは、それが中国とロシアを狙った核であることの結果に過ぎず、いわば副産物でしかない。アメリカとしては「朝鮮半島の非核化」のためだからと言って対中国・対ロシアの核武装を撤廃するわけには行かないし、かといってそれらの核兵器が北朝鮮を狙ったものではないから安心していいとか、中国とロシア相手の核武装だから「朝鮮半島の非核化」の対象外だと言うわけにもいかない。アメリカが中国とロシアを核兵器でいつでも殲滅できる体制を維持するための核兵器は手放せないと言ってしまえば、そんなことは百も承知である中国とロシアだって、公式に言われてしまっては黙っているわけにもいかない。米中、米露関係は決定的に悪化し、戦争にすらなりかねない。
ところが安倍との共同会見で、トランプははっきりと米朝首脳会談の結果に大いに期待していること、そしてその目標を「北朝鮮の非核化」とはあえて言わず、「朝鮮半島の非核化」であると明言したのだ。
これがたまたまこの場では言ったこと(あるいは安倍への牽制が動機)に過ぎないのか、トランプが本気で言ったのかはまだ判然としないが、すでに大きな影響が出ているのは確かだ。まずすでに文在寅政権は大いに勇気づけられていて、これまで以上に前向きな態度を示している。板門店での今週金曜の会談では華々しい歓迎式典や公式晩餐会も行われることが決まり、韓国軍にも38度線の休戦ラインにおける対北朝鮮のプロパガンダ放送を中止が命令された。
もちろんいかに和平友好ムードが高まっても、文在寅・金正恩会談で南北統一に向けた具体的な話が始まるとは絶対に考えられない(そんなことは現実的に不可能なまでに南北の経済格差が開き切っているし、意識の違いもあまりにも大きい)し、核問題については南北だけで議論することに意味がほとんどない(韓国は核保有国でなないし、アメリカの核の持ち込みも許していない)ので、では歴史的な会談とは言うもののいったい何を話し合い、何を成果とするのかが何も見当たらないのが、これまでの実態だった。南北会談はこれまでの情勢では単に米朝会談の「露払い」みたいな意味合いしか持ちえず、これでは文在寅政権と韓国の独立国としての立場がない。
しかしトランプが「朝鮮半島の非核化」と言う最終目標に賛同するのなら、話は全く変わってくる。核兵器はない韓国でも南北だけで朝鮮半島の包括的な軍縮について話し合いを始めることもできるようになるし、何よりも「朝鮮戦争の正式な終結」をこの会談で両国が正式に合意して宣言した上で、アメリカをはじめとする国連軍参加各国と中国に提案できるようになった。
恐らく金正恩と文在寅の会談は、ここまでは確実に話が進むのではないか? あとはさらに「朝鮮半島の非核化」そのものについても両首脳が言及する(つまりアメリカをはじめとする周辺諸国に「非核化」を提案する)ところまで行くかどうかが、この金曜日の大きな注目点になる。
核とミサイルの実験・開発を凍結を宣言した金正恩の意図
金正恩が最高人民会議の緊急会合で核兵器とミサイルの開発の凍結、さらに核実験施設の閉鎖を宣言したのが日米首脳会談を受けてのタイミングとなったのも、日本政府への当てつけという意地悪も入っているだろうが(この手の “安倍いじり” は昨年から再三繰り返されて来た)、それ以上にこのトランプの「朝鮮半島の非核化」発言と、一方で成果が期待できないなら会談はいつでもキャンセルするとも言ったことへの対応だろう。いわば金正恩とドナルド・トランプの「阿吽の呼吸」みたいな出来レースと言ってもいい。
核とミサイルの開発と実験の凍結は、外交的にいえば今さら宣言するまでもないことだ。昨年11月末の「火星15号」第一回実験成功を受けて、北朝鮮はすぐに「国家核武力の完成」を宣言している。今年の元旦から対話路線を明確にして来たのに、今さらミサイルを打ち上げたり核実験をやってわざわざぶち壊しにする意味がない。「隠れて何をやってるか分からないではないか!」と激昂する日本人も出て来そうだが、外国に察知されずに核実験やミサイル演習を行うことが北朝鮮には地理的に不可能なのだから、そんな主張は言うだけナンセンスなので、そのような輩は今後「なにも分かっていないデマゴーグ」と判断して完全に無視して構わない。
またこれも当サイトで散々繰り返し指摘して来たことだが、実際には北朝鮮の国家核武装は完成していない。「火星15号」をロフテッド軌道で一回発射しただけでは、成功とは言っても推力などを確認できただけだ。通常軌道の実験を一度もやらないではおよそ実用化とは言えないし、CIAなどの一致した分析では、北朝鮮には弾頭の大気圏突入技術がまだない。またこれまでの6回の核実験では、ミサイル搭載可能な弾頭の小型化技術が完成しているとは断言できない。
逆に言えば、実はギリギリで未完成の現段階で核とミサイルの開発や実験を凍結するとあえて宣言しているのは、安全保障の専門分野から見れば、これからの交渉が成功すれば北朝鮮が本当に核保有国になることはない、と言っているに等しい。
トランプ政権はもちろんその真意を理解するだけの情報分析力を持っているし(と言うか、当サイトでも把握できる程度の初歩的なことに過ぎない)、だからトランプは「朝鮮半島にとっても世界にとってもいいニュース」「大進歩」とさっそくツイッターで好反応を示し、「我々の首脳会談が楽しみ」と結んでみせた(あえて金正恩と自分を「我々」と一人称複数で表現している)。つまり金正恩に「お前の言ってることは分かった。これから直接話ができることを楽しみにしている」と言うメッセージに他ならないのも、まさに「阿吽の呼吸」の出来レースだったことがよく分かる。トランプはさらに核実験施設の閉鎖についても別のツイートで言及して「核実験の凍結の誓約」と評価した上で、「みんなにとって進歩だ!」とも言っている(この「みんな」にはもちろん日本も含まれている。いかに安倍には気に入らない話だろうが)。
今回の北朝鮮の最高人民会議の緊急招集と、金正恩がこれまで対外的には明白にして来た方針をあらためて国内向けにも表明したことには、アメリカ側にとってもうひとつ安心できるメッセージが含まれている。核開発はこれで終わりこれからは経済に力を注ぐと宣言できたと言うことは、金正恩が就任してから5年間のあいだに軍の反発を完全に抑え込めるだけの権力を北朝鮮国内で掌握している、と言う保証でもあるのだ。
これは北朝鮮史上かつてなかったことであり、東アジアの近代政治史の中でも、第二次大戦で惨敗した日本軍が解体された以外では、ほとんど例がない初めてのことと言っていい。軍が大きな権力を持って文民の政府を脅かし、場合によってはクーデタを起こして政権を転覆したり、大きな影響力で民主的に選ばれた政府にさえ妥協を強いるのは、東アジアの近代政治史ではこれまで当たり前だった。文在寅でさえ対北交渉で今まで韓国軍を押さえ込めているのは、トランプつまりアメリカがバックにいるからでもある。
しかも北朝鮮は父・金正日の晩年には「先軍政治」のスローガンを掲げ、軍の権力がかつてなく、極めて大きくなっていた。たった5年でその権力構造を完全に改革して軍の支配すら掌握できたということは、この若き独裁者の力量は内政でも並々ならぬものであり、つまりはトランプが交渉で向き合うに足る相手で、金正恩と合意し決定したことは必ず守られるという意味でもある。
金正恩政権になってからは一般民衆が貧困や生活苦、自由を求めての脱北が激減している一方で(金正日時代には大飢饉があったこともある)、高官レベル、特に外交官の脱北が多い。そうした高位の脱北者の多くが金正恩をほとんど悪魔視するような、身の毛もよだつような証言をしていることも、この若き独裁者がほんの短い期間になぜこれだけの権力を掌握できたのか、この数年間で北朝鮮の権力構造がどこまで激変したのかを理解する上で参考になる。
つまり、そうやって脱北したのは金正恩への政権交代でそれまでの権限や権力を失い、命すら危なくなった特権階級であり、金正恩はそうした父の代までの権力構造の担い手をほとんど追放してしまったのだ。だからこそ父の代までの北朝鮮とはまったく違った外交方針も自由に取ることができるようになったのだろう。既存の外交官のやり方に制約されることがまったくないからこそ、核武装カードを利用した一連の外交スタントも実行できたのだ。
なんでも粛清された高官の処刑は通常の銃殺ではなく、対空防護の高射砲を水平発射するのだという。処刑された人間は遺体もほとんど残らないくらいに粉々になる。どこまで本当かは分からないが、なるほど、ここまで徹底すれば、軍でさえ金正恩が掌握できたのも納得は行く。
「朝鮮半島の非核化」をどう解釈するのかが今後の焦点
米朝首脳会談を見守る我々にとって気になるのは、トランプも口にした「朝鮮半島の非核化」が実際にはなにを意味しているのか、その実現はどの程度の話になるのかだろう。もちろんその文字通りの意味を考える限り、「朝鮮半島の非核化」は北朝鮮の核放棄と北朝鮮を射程に収めるアメリカの核武装の撤廃が同時に行われることだ。普通に考えれば、既に述べた通りこの後者の実現はアメリカにとって本来なら無理な相談であり、焦点になるのは北朝鮮がどこまでなら妥協できるのか、「これなら我が国がアメリカの核攻撃を受けることがない」と金正恩が考えて、国民を納得させられるラインがどこになるのかだった。
韓国とアメリカが本格的に動き始めている「朝鮮戦争の正式な終結」は、そのもっとも実現性の高い妥協点だと考えられる。敵視・敵国扱いではなくなり、正式な平和友好条約も締結されれば、アメリカが北朝鮮を核攻撃したり、体制転覆を目論むことはまずない、とまでは言える。さらに在韓米軍が撤退とまでは行かずとも大幅縮小されれば、恐らく北朝鮮もここで妥協して納得するのではないか、というのが今年3月まではもっとも可能性が高い想定だった。
ところがそこでまた大きな変化が起こっている。まず金正恩が北京を電撃訪問し、習近平から「朝鮮半島の非核化」への全面協力を取り付けてしまったことがある。もちろん金正恩は、中国の巨大核武装がある以上はアメリカが核削減になかなか応じられないことを百も承知で、だからこそその中国まで巻き込めてしまうなら、「朝鮮半島の非核化」は東アジア・西太平洋地域全体の核軍縮か、それこそ長期的にはその全体の「非核化」までが想定されるスパンの大きな話にもなり得るのだ。しかもここへ来て北朝鮮つまり金正恩からだけでなく、アメリカというかトランプ本人からも、そこを示唆する発言が出て来ている。
金正恩の側では「朝鮮半島の非核化」の一方で、それが長期的かつ段階を踏んで行うものであることを繰り返し強調して来ているが、ここへ来てトランプもそこに同調するかのようなツイートを発信したのだ。
「北朝鮮についての結論はまだまだ先で、うまく行くかも知れないし行かないかも知れない。時間が経たなければ分からない…。だがそれでも、今私がやっている仕事は大昔になされていなければならなかったことだ!」(4月22日)
金正恩がどこまでの野心を持っているのかによって、今後の流れは大きく変わる
これまでのトランプは、安倍との共同会見での「成果がないならテーブルを蹴って出て行く」発言も含めて、いかにも自分が素早い決断を下すつもりであるような、北朝鮮に対しても即座に核放棄を受け入れさせる自信がある(それを拒否するなら軍事行動)かのような態度を取って来た。
そんなトランプの定石を外しまくったやり方に対し、アメリカのメディアではCIAを使った(つまり従来の外交手順を無視した)独断専横的な手法も含めて「北朝鮮に妥協しているのではないか」との批判も少なくない。ポンペオと金正恩の会談の中身がほとんど明らかになっていない以上「妥協なんてどこにあるんだ」とトランプがツイートで猛反発しているのももっともではある。それに今後の交渉で待ち受けているものは、米朝の2国間だけでどちらがどれだけ妥協するのかというレベルでは済まない可能性が出て来た。
まず第一の想定として、朝鮮戦争の正式な終結が切り札になり、講和と平和友好の条約が議会で批准され発効することで北朝鮮が感じている脅威(そもそも北の核武装の動機は、あまりに強大なアメリカの核武装に対するなけなしの抑止力の確保だ)を取り除けると言えるのであれば、それだけでも既に事実上の核放棄も同然にはなる。
シンクタンクや研究機関によっては十数発あるともみなしている核弾頭は確かに残る。しかしその弾頭は弾道ミサイルに積んで実戦使用できるレベルには恐らくまだ至っていないだろうし、アメリカにとって直接の脅威である大陸間弾道弾「火星15号」は一回しか発射実験をしていない以上、実用化レベルとは言い難い。このギリギリで未完成の段階で北朝鮮はあえて「国家核武力の完成」を宣言している(つまり事実に反し、完成は実はしていない)のだし、交渉が継続する限りは北朝鮮がこれ以上の実験や開発を進められない(実験が必要だが国際社会に隠して極秘ではできない)のだから、実戦レベルの核兵器技術を北が持てていない状態を、トランプが交渉のテーブルを離れない間は維持できるのだ。
これだけでも偶発的な戦争の可能性が危険視されて来た状態からすればはるかに大きな状況の好転だ。つまり北が朝鮮戦争の正式な終結だけで納得するか、決まるのはそこまででその先に延々と「対話のための対話」が続くのだとしても、北朝鮮を巡る「核の危機」は事実上終わり、それをもって「朝鮮半島の非核化」を宣言することさえ不可能ではない…というより、これ以上の米朝会談の成果は、既存のアメリカの外交・安全保障政策の枠内ではなかなか求められないのも現実だ。
だが北朝鮮が非常に積極的な対話方針を鮮明にし、国内的に核とミサイル開発の凍結を宣言できるだけ軍も完全に掌握していて、しかもそれをトランプの方でも「朝鮮半島の非核化」が目標だと明言した直後に宣言したとなると、現状ではそれがトランプの言う通り非常に前向きな話であっても、だからこそ先が怖い可能性もまた高まって来る。
つまり自らの核凍結(=実戦レベルでの核兵器保有は求めない、ということ)を交渉前から表明するほど北側が積極的だということは、逆にいざ交渉が始まればアメリカを追い詰めるような厳しい条件を「核放棄」の見返りに求めて来るのではないか? 金正恩は今回の発表で、「こちらはここまで誠意を見せているのにアメリカはなんの努力もしないのか?」と問い詰める立場も確保したのだ。文字通りの「朝鮮半島の非核化」への努力を本気でトランプに要求することすら、今の金正恩の立場では可能になっている。
「段階的な」非核化とはどういう意味なのか?
極秘訪朝したマイク・ポンペオに、金正恩は「非核化は段階的でないと実現できない」と改めて告げたという。この情報だけではこれが「自国の非核化」についての言及なのか「朝鮮戦争の非核化」なのかはっきりしないが、後者だとすれば話ははるかに大きく、そして複雑になる。
「朝鮮半島の非核化」ならばそれこそ「段階的」でしかあり得ないのは、日本のメディアが言っているような「経済的な見返り」を小出しに求めるなどと言ったケチな話ではない。北朝鮮だけの「非核化」なら極端な話、現状の金正恩の国内権力掌握の度合いであれば彼の独断で決することも可能だ。
しかし「朝鮮半島の非核化」つまり同時にアメリカによる北朝鮮を標的にする核武装の撤廃ないし削減を進めるためならば、アメリカ側でこそ国内や同盟国間の大変な利害調整と交渉が必要になる。つまり「段階的」でしかあり得ないのはまったくその通りだ。
しかも金正恩はその「段階的」がアメリカと中国の間の核バランスの問題にも広がることを見越していて、だからこそすでに中国を巻き込んで、習近平からも「朝鮮半島の非核化」への最大限の努力を約束する言質を取っている。北朝鮮を狙った核を減らすには中国の核の脅威が減じなければ無理、というのがアメリカの安全保障上の本音であるのなら、「ならば中国とアメリカで核削減交渉をして下さい」と金正恩が言ってしまえば、それこそこの「非核化」交渉は果てしなく「段階的」が続き、トランプがツイートした通り「結論はまだまだ先」にならざるを得ないし、その結果は時が経って歴史的評価が出て来る時点で初めて確定するしかなくなる。
そしてもちろん、もしこの金正恩の野望が「段階的」にせよ成功するのなら、彼とトランプが世界的な核廃絶という人類の悲願の実現を導いた功績者として歴史に名を残すという、今までの我々が想像すらしていなかった驚天動地の結果にすらなり得る。
金正恩の核武装は単なる小国の強がりの暴走ではない。緻密に計算された「最強の外交カード」だ
北朝鮮の核武装を、しょせんただの時代遅れな小国の苦し紛れの強がりとみなせるならば、かつて六ヶ国協議の時にブッシュ政権が「体制を保証する」と一筆入れるから安心しろ、と言った程度ではあまりに相手をバカにし過ぎだったとは言え、正式な朝鮮戦争終結手続きと平和友好条約の締結(議会の批准を含む正式な、揺るがせない国家決定)までやれば、そこで納得したかも知れない。トランプもそこが分かっていたので直談判の交渉を楽観視していたのだだろう。
逆に言えば、軍需産業や国防総省、国務省の既得権を優先させて戦争状態を継続させて来たこれまでの外交方針は、トランプからすればワシントンのエスタブリッシュメントの馬鹿げた腐敗そのものにも見えたはずだし、その判断は大局的に見れば確かに正しい。軍や軍需産業ではなく国と国民の利益を最優先に考えれば、朝鮮戦争が未だに終わっていないこと自体があまりに馬鹿げているのは確かなのだ。
金正日の北朝鮮だったらこのように平和条約の締結だけで納得した可能性も高いのだから、トランプが「今私がやっている仕事は大昔になされていなければならなかったことだ!」というのも確かにその通りだ。ただしその場合、金正日ならば軍を押さえ切れなかった可能性が高いし、外交官僚なども反対すればせっかくの交渉結果が結局はすべて反故になったかも知れない。最悪の場合、労働党政権そのものが崩壊して北朝鮮国内が大混乱に陥る危険性もあった。それになによりも当時は中国が中国で戦争状態の継続の方が国益にかなうと判断していた。その前の米朝枠組み合意の時には、クリントンが金正日をホワイトハウスに招くという計画もあったが、これは政権末期で求心力の落ちたクリントン政権では国務省・国防総省の(在韓米軍を維持したい思惑の)反対で実現できなった。
その父・金正日と、息子の金正恩では、国際政治のおけるプレーヤーとしてレベルがまったく違うし、同じ「現体制の維持」と言ってもその「体制」の意味づけがまるで異なっている。例えば金正日時代ならばアメリカとの妥協に猛反対したであろう軍幹部や外交官、とりわけ中国を後ろ盾にして実態権力を掌握していた有力者層を、金正恩はほぼ完全に粛清してしまっている。
金正日の北朝鮮は冷戦構造の延長で中国とロシア(ソ連)の属国という立場に自ら進んで甘んじることで国内外に対して体制を維持して来た。金正恩の目指す「現体制の維持」というのはまったく意味が異なる。大国の言いなりにならない、小国なら小国としてのプライドと独立の維持こそが金正恩の譲れない一線であり、しかもそれを実現できるだけの外交ビジョンと国際情勢の理解、そして卓越して狡猾な外交能力を彼が持っていることは、もはや無視できない現実だ。
だからこそ、その金正恩が核放棄と引き換えに獲得しようとしているものも、ただ経済制裁の解除や経済援助の獲得では済まないような、大国の体制そのものに関わる妥協を引き出すことをこそ狙っている可能性は高い。
それに確かに、金正恩のこの狙いが実現できてこそ、北朝鮮は小国と言えども対等の独立国というプライドが守れるだけではない。「朝鮮半島の非核化」にアメリカと中国、それにロシアを巻き込むことは、冷戦構造を引きずった大国の巨大な核抑止力がぶつかり合っている東アジアの安全保障環境それ自体を変えることであり、もし実現できるならその時こそ、北朝鮮の安全もしっかり確保されるのだ。
日本が「朝鮮半島の非核化」を阻止したい理由
日米首脳会談の共同会見で、北朝鮮についてでもトランプと安倍が一致どころか、根本的な立場のズレが表明されていたことを、日本のメディアは恣意的に無視しているようだ。すでに述べたようにトランプは「朝鮮半島の非核化」と明言しているのに対し、日本はあくまで「北朝鮮の非核化」に向けた「最大限の圧力」ばかり強調し続けている。
この「朝鮮半島の非核化」こそ、日本にとってとは言わないが、日本政府にとっては「最悪の結果」であることを、日本政府も日本のメディアも口を噤んでいる。まあそれも仕方がないのかもしれない。まさか唯一の戦争被爆国で建前上は核廃絶を悲願としているはずの日本がこんな態度ではあまりにみっともないというか不道徳極まりなく、国民の失望を買う他はないだけではない。国内世論にかつてないほどの激しい分断を引き起こす可能性もあるのだ。
つまり、日本だって国民の大多数は「朝鮮半島の非核化」になぜ反対しなければならないのか実のところよく分からない、むしろ歓迎すべきものだとすら思うはずだ。「朝鮮半島の非核化」を本気で実現するのなら、理屈の上ではアメリカの核兵器の全廃にすら話が及びかねないが、これだって日本国民の大多数はむしろ歓迎するだろう。
しかし「朝鮮半島の非核化」の場合、とりあえず最初に撤廃しなければ筋が通らないのが西太平洋・東アジアにおける核のプレゼンスであり、もっとはっきり言えば日本と韓国が「アメリカの核の傘」に依存する状態では「朝鮮半島の非核化」と言えるはずがない。ここで当然、日本国民も自国の安全保障政策の現実に引き戻されるわけだが、この時にどれだけの国民が「核の傘なんてそもそも不要」と言えるだろうか? 逆に「ならば日本も核武装を」という声すら、特に安倍支持層から出て来るだろうが、無論安倍本人がそんなことを言い出した途端、トランプがそんな邪魔な安倍を許すはずがない。
「朝鮮半島の非核化」が米朝両国の共通の目標となるのなら、金正恩がここに突っ込んで来ないわけがないのだが、日本には反論できる理論武装がなにもない。それどころかここを突かれては、日本政府の戦後何十年にも渡る欺瞞がまず暴露されてしまいかねない。つまり日本が依存する「核の傘」の実態とはなにか? 日本政府は建前上「非核三原則」、つまり「持たない・作らない・持ち込ませない」を標榜しているが、このうち第三の「持ち込ませない」がまったくの欺瞞であることは、国際安全保障の世界では常識でしかない暗黙の了解だ。
沖縄が1972年に返還されるまで、沖縄は世界でもっともアメリカの核が集中した核戦争拠点だった。当時の核弾薬庫は使用可能の状態で維持することが返還時に日米間で合意されており、現にそのままになっている。そして民進党政権の時には、当時の岡田外務大臣の下でいわゆる「核密約」の詳細を外務省が明らかにした。
普通の独立国ならば、核兵器の持ち込みには当事国の合意が必要で、韓国ですらアメリカに対しこの権利をちゃんと確保している。アメリカが韓国を拠点に核兵器を使用するかどうかも韓国政府の判断に従うことになり、韓国にとっても利益になるのでなければアメリカは韓国を拠点にして核兵器を使うことが出来ない。しかし日米安保条約はこの権利を日本政府に保証していない。そして明らかになった日米間のいわゆる核密約では、日本政府が核の沖縄への持ち込みや核の所在に関してそもそも問い合わせすらしないことが合意されていたのだ。この密約は明らかになったからと言って、無効になった保証はどこにもない。日本政府は「アメリカ政府が日本の非核三原則を尊重してくれていると信じる」としか言っていないし、アメリカ政府の見解はと言えば「核兵器の所在は最高軍事機密なのでコメントしない」である。つまり「あるとも言わないし、ないとも言わない」、ということは軍事的には当然「ある」とみなされる。
つまり誰が考えても、沖縄にはアメリカの大量核配備があり、いつでも韓国内の米軍基地に(韓国政府の了承されあれば)移動できる体制になっているはずだ。現に沖縄がアメリカ支配下だったキューバ危機の時に沖縄の核が韓国に持ち込まれていたことは、すでに機密公文書の開示で明らかになっている。
北朝鮮とアメリカが本気で「朝鮮半島の非核化」で議論を進めるのなら、この沖縄の核は当然重大な議題になるはずだし、北朝鮮が撤去を求めて来ることは当然想定されていなければならない。だがそうなった時の対応を、果たして日本政府は考えているのだろうか? これまで国民を騙して来たこと、非核三原則が欺瞞に過ぎなかったことを、安倍政権はどう国民に説明するのだろう?
日本が確実に突きつけられる北朝鮮への戦後補償に、トランプも期待している
北朝鮮がそこまではあえて求めないで、アメリカとの合意と国交回復を優先させて朝鮮戦争の終結だけで満足してくれたとしても、日本政府にとっては別の、巨大な外交ハードルが待ち構えている。
対米追従が基本方針の日本外交で、しかもトランプに拉致問題への言及を頼んでしまった以上、日朝交渉もまた始めざるを得なくなるのだが、そうなれば確実に議題になるのが、未解決のままの戦後補償だ。またトランプ政権の方でも北朝鮮が経済援助を求めて来るならばその金は日本による戦後補償で済ませるのではないか、との観測も根強いし、まただからこそトランプも安倍の求めるリップサービスに快く応じて来たのだろう。
はっきり言えば、北朝鮮問題解決の手柄は自分が取るが、金は安倍が出せ、ということだが、果たして安倍はこのトランプの方針に抵抗できるだろうか? これまでの媚び売り抱きつき外交の実績を見ればやはり言いなりになるのだろうし、だいたい北朝鮮に対する戦後賠償問題の解決はそもそも日本にとって国際的な義務だ。
しかしここからが日本外交の本当の悪夢の始まりだ。当然ながら日本は少なくとも韓国に対して行ったのと同等の戦後賠償を北朝鮮に対しても行わなければならないのだが、その内容で北朝鮮が納得してくれるかどうかと言えば、納得するはずがない。
日本は韓国との国交正常化(日韓基本条約、1965年)の際に戦後賠償に関する日韓協定を併せて交渉しているが、韓国政府に個々人の韓国国民の賠償権を放棄させ、日本が代わりに多額の経済援助を行うというやり方は、当時の韓国が親日派(というか日本軍に教育を受け植民地支配者側だった軍人)朴正煕の軍事独裁政権だから許されたことで、現在の国際法秩序からすれば明らかに違法性が高い。しかもこの協定は、その後明らかにされた慰安婦問題などの人権侵害の犯罪行為を巡って常に外交問題の焦点になっていて、日本政府だけでなく日本の司法までがこの協約の拡大解釈で戦争犯罪の被害を訴える訴訟を門前払いし続けて来てしまった結果、すでに国際的に厳しい批判に晒されている。
北朝鮮としては当然ながら、日本の植民地侵略から独立を勝ち取った歴史的なプライドを賭けて「韓国並み」ではなく現代の国際社会の道義的な標準に合った補償と謝罪を求めて来るし、それこそ安倍が朴槿恵と結んだ「日韓合意」レベルのものが相手にされるわけもない。そうなると逆に韓国からも慰安婦問題も含めた戦後の謝罪や賠償の見直しが突きつけられることになる。北朝鮮により有利な戦後補償を行うのなら、同じ補償を韓国に行わなければ筋が通らないからだ。
ところが国内的には、日本の朝鮮半島侵略と植民地支配自体について「日本が朝鮮半島を近代化してやった」とか「慰安婦問題は韓国のでっち上げ」と言うような態度を偽装することで極右層の支持を集めて来たのが安倍政権だ。もちろん安倍たちのいう「歴史戦」が国際的に通用するわけもないどころか、北朝鮮だけでなく韓国と、そしてアメリカと中国までが連携して日本を非難するような状況にすらなりかねない。そうなればやはり戦時中に日本に侵略・占領された過去を持つ東南アジア諸国も、これまで日本の経済力とそれをベースにした経済協力に配慮して戦時中の暗い過去にあまり言及しないようにして来た態度を翻すかも知れない。なにしろそれだけの経済的な国力と、その国力ゆえの影響力を、今の日本はもう持っていないのだ。
トランプに拉致問題への言及を頼んだことも裏目に出る
森友学園・加計学園が総理の意向で異様な優遇を受けていたスキャンダルが再燃し、財務省の公文書改竄も明らかになり、経産省から出向の柳瀬総理大臣秘書官(当時・現経産省審議官)が加計学園関係者と随行した愛媛県、今治市に面会して「首相案件」と発言していた記録まで出て来た上に、財務次官のセクハラ・スキャンダルが麻生財務大臣の対応の失敗で政権そのものの問題に拡大してしまった不祥事の連発の最中、安倍は日米首脳会談でなんとか支持率の回復を目論んでいた。拉致問題についてトランプに言及を約束してもらうことは、国民に分かり易い「成果」として、なんとしても達成しなければならない目標だったわけだ。
だがこれも外交的になんの意味もないリップサービスで済まされてしまっただけでなく、逆にトランプが約束どおり金正恩に「日本の拉致問題も忘れないで欲しい」と言ってしまえば、逆に安倍政権は不利な立場に追い込まれる危険性が高い。トランプに対して金正恩が友好的で紳士的な態度を取るのなら(そしておそらく、徹底してそうするだろう)、もちろん日本と拉致問題も当然話し合う準備はあるとすぐに表明するだろうし、米朝首脳会談でこれだけの話で済むのならまだ運がいい方だ。
逆に言えばこんな程度のことをわざわざトランプに頼むこと自体が馬鹿げていたわけで、日本政府が自ら言えば済むことだし、まともな独立国のプライドがあるなら当然そうしたはずなのだが、だからこそ金正恩がそんな日本の足下を見るのなら、ストックホルム合意に沿って進めてきた再調査の結果を、トランプに開示することだって出来るのだ。
この拉致問題再調査は、報告内容の内示があった時点で日本政府がミサイル実験を口実にした制裁発表で対応を打ち切ってしまっているのだが、その後も水面下情報のリークによれば何度か北朝鮮が生存被害者(日本政府側では拉致被害者として未認定)の帰国をオファーしているらしい。昨年の東京都議選惨敗と秋の解散総選挙の間に、安倍のサプライズ訪朝と言う観測があった際にもこの話が出ていたし、最近でも東京新聞の報道があった。なお安倍政権は、どうも北側が提示した名簿に横田めぐみさんの名が含まれていないので世論アピールにならないことを恐れて話を蹴ったらしいのだが、こうした事情すら金正恩が正直にトランプに打ち明けたら、安倍はどうするつもりなのだろう?
拉致問題の「解決」こそ、安倍政権の命取りになる
横田めぐみさんを含む、日本政府が「生きている」となんの根拠もなく主張して来た、平壌宣言時に北朝鮮が死亡を報告している被害者について、北朝鮮は再調査の過程で亡くなった経緯も詳細に調べ直しているはずだ。それこそトランプが日本人拉致問題に言及したことに金正恩が誠実に対応するなら、その内容報告をトランプに開示することだって考えられる。そうなった場合はどう対応するのか、日本ではなんらかの策を、少しは考えているのだろうか?
いや本来なら、これで拉致問題は「解決」するはずなのだから悪いことではないのだが、しかし平壌宣言から15年以上経って結果は同じとまでは言わないが(日本が把握していなかった被害者が生還し、亡くなった被害者についても詳細が明らかになるのだから進展はある)、国内世論がこれで収まるとはとても思えない。トランプがお世辞のリップサービスで言及したように、こと安倍晋三にとって「拉致問題」は政治家として最大のセールスポインであり、安倍は拉致についての国民の期待をさんざん煽ることで支持を集めて来たのだ。
だが金正恩が拉致問題に誠実に対応すればするほど、安倍が実はなにもやっていなかったこと、金正恩が政権についた時点で同じレベルの解決ならできたのに、安倍が自分の人気維持のためにわざと解決を先延ばしにして来たことを、いかに安倍への忖度のクセが抜けきれない日本の大手メディアでも、もはや誤魔化すことができなくなるのだ。
平壌宣言と5人の生存被害者の帰国の時点で北朝鮮の提示した他の被害者の死亡情報は、確かに正確とはとても思えない匂いがプンプンしていたし、金正日政権には亡くなった経緯について真実を明らかに出来ない理由も多々あることも容易に想定された。たとえば実は処刑されたり拷問死だったのを、病死や天災で死亡としていた可能性は相当に高い。
政権を引き継いで以来、父の代のナンバーツーだった叔父の張成沢を処刑するなど、政権内の旧勢力を次々と豪腕で粛清して来たのが金正恩だ。死亡時の詳細を報告した上で「責任者はすでに厳罰に処した」と言えてしまえるのが今の立場であり、ならば事実を素直に認めて謝罪と清算を済ませてしまった方が外交上の立場が有利になるからこそ、金正恩は政権継承後すぐに再調査も申し出ていた。
「北朝鮮の嘘」を誇張して来た偏向プロパガンダ
そもそも亡くなった経緯があまりに怪しげであったからといって、生死の情報それ自体についてまで金正日政権が嘘をついていたと言えるのかといえば、そう主張する根拠は何もない。拉致の犯罪事実はすでに認めていたのだし、生存しているのなら帰してしまった方が北朝鮮にとってはるかに有利で、わざわざ隠す理由がない以上、亡くなっていたこと自体に恐らく嘘はなかっただろう。また仮に重大な国家機密を知られているので返せなかった(例えば田口八重子さんはテロ事件工作員の金賢姫の教育係で、つまり様々なテロ事件について北朝鮮の犯行だと証言できるかもしれない)のであれば、平壌宣言の時点で処刑していても当然だし、まして15年も隠し続け生かし続けているとは極めて考えにくい。それこそ万が一にもその15年の間に死亡した、それも自然死だったとなれば、安倍首相(当時の副官房長官で次の総理大臣)をはじめとする日本の歴代政権もその死について責任を問われることになる。
拉致問題にしても、核問題にしても、安倍首相を中心に「北朝鮮に騙されるな」が日本では合言葉のように交わされているが、果たして本当に「騙された」と言えるのだろうか?
拉致についても金正恩は政権を継承して早々に再調査と再謝罪を日本政府に打診し、この時には同時に日本人戦争遺族の訪朝と墓参も提案している。日本政府がこのどちらも無視したので、金正恩は墓参の方は国際赤十字を通して日本赤十字に打診し、ちゃんと招待を実現させている。それも金正日までの北朝鮮だったら外国人の立ち入りを禁じていた中朝国境地帯だ。ほぼ相前後して、金正日は朴槿恵政権に対しても、相互の罵倒はやめようと提案し、やはり無視されてしまった。
拉致の再調査は1年以上提案を続け、拉致被害者横田めぐみさんのご両親がめぐみさんの娘(夫妻にとっては孫)のキム・ウンギョンさん家族とモンゴル政府の計らいで面会するなどの動きがあって、日本政府もついに逃げきれなくなって応じたものの、先述の通り再調査内容の報告の内示があった時点で話をストップさせてしまっている。
これでも金正日政権の時点で出して来た死亡情報に虚偽が疑われる点が多かったからと言って、生死の情報それ自体も嘘だと言い切れるだろうか? 遺骨のDNAが一致しなかったのも、そもそも今の日本のように遺体や遺骨の管理が厳格な方が極めて特殊なのだ。確かDNAが一致しなかった被害者の場合は洪水で亡くなったという説明だったはずだが、そのようなケースで遺体の身元をきちんと特定する作業を、当時の北朝鮮の地方行政がちゃんと出来ていたとしたら、その方が驚く。
核問題にしても米朝枠組み合意(クリントン=金正日)、六ヶ国協議(ブッシュ政権)のどちらでも、北朝鮮は確かに核開発の凍結に一応は合意していた。だがその合意違反を言うのなら、アメリカや六ヶ国協議の他の参加国も同じく合意内容を履行していないのだ。金正日をワシントンに招待しようというクリントンの提案がアメリカ国内の反対で頓挫したのも先述の通りで、これでは「北朝鮮が騙した」というよりも、形だけの合意をどの参加国も履行する気がなかった、というのが客観的な評価だろう。
約束を守っていないというのなら、アメリカなどの列国を北朝鮮が信用しないのも、軍事力で圧倒的に劣りいつ全土を絶滅されてもおかしくない立場に置かれた側から言えばむしろ当たり前であり、息子の金正恩からすれば、スイスのインターナショナルスクールに留学し国際的な視点で物事が見れるからこそ、大国が北朝鮮を小国と見くびってバカにして騙して来たように見えても当然である。なにしろスイスでの金正恩の学友だった世界中の発展途上国の富裕層の子女からみても、西洋の列強各国は植民地支配の過程でも、独立させてからも、さんざん「野蛮国」とみなしたそれらの国や国民を脅し騙して来ているのだ。
安倍は今回の訪米前の4月15日に横田めぐみさんの父・滋さんのお見舞いに行っている。だが横田家の方では実は、体調が思わしくないので遠慮して欲しい、と官邸に打診していた。それでもお見舞いに押しかけたのが安倍なわけだが、拉致問題を人気取りに利用するのはもう止めるべきではないのか?その横田さん夫妻を含む拉致被害者の家族会はここ数年、ずっとアメリカなど外国に頼ることなく日本が直接交渉しなければ解決するはずがない、と安倍に訴え続けているのだ。
トランプはマクロン仏大統領に「我々にとっても北朝鮮にとっても、日本にとっても、もちろんフランスにとってもいい結果を期待」
安倍首相は今度は数日後に金正恩との初対面を控えた文在寅大統領とも電話会談を行い、釘を差すつもりのバカのひとつ覚えで「拉致問題」を持ち出した。文在寅の答えは、中身はトランプとほぼ同じで、しかもトランプのような一応親身なリップサービスもなかった。拉致問題の解決は東アジアの平和安定にとって重要なので、日本と話し合うように金正恩に伝える、というだけで、安倍が拉致を持ち出したので機械的に答えただけ、と言うのが実態だろう。
カナダのトロントで行われたG7外相会合も、北朝鮮による核とミサイルの開発凍結と核実験施設閉鎖を歓迎しつつ、今後の推移を見守り続けるという結論で、一応は日本の河野外相の意見は入れて非核化の動きが見えるまでは最大限の圧力も維持する、と言う形通りの抽象的で中身のない文言だけは加えられた。だがもちろん、G7参加国のうちフランスとイギリスにとっても、トランプ=金正恩会談の行方はかなり気になるところではある。「朝鮮半島の非核化」に本気でトランプが取り組む、つまりアメリカの核削減も含む対応を始め、そこで金正恩がすでに巻き込んでいる中国とも核削減に関する対話が始まるのであれば、フランスやイギリスも核保有国の座に安閑とし続けていることは難しくなる。なんと言っても昨年夏には、核兵器禁止条約が国連加盟国の圧倒多数の賛成で採択されていて、核保有国と非保有国のあいだの溝が深まっているのも今の国際社会だ。
そのフランスのマクロン大統領が訪米し、トランプは会談で米朝交渉がとても良好に進んでいることを明かした。つまりはポンペオを平壌に極秘派遣したこと含もめて米朝間で相当に話が進んでいることをあえて強調したわけだが、特に注目すべきはトランプがあらゆる関係者にとっていいこと、と明言したことだ。フランス大統領相手なので「もちろんフランスにとっても」と最後に付け加える前に、トランプはこれが「南北朝鮮にとって」つまり北朝鮮にとっても利益になるだろうとわざわざ指摘し、「もちろん日本にとっても」とも言っている。ちなみにもちろん、日本にはこの交渉進展の情報はまったくこの情報は共有されていなかった。
自分と金正恩の会談についても、結果がどうなるかは分からないと留保はしつつも近々行われることを強調し、これまでの(ポンペオを派遣などした)交渉の印象として金正恩について「とてもオープンで名誉ある態度をとり続けている has been very open and (i think) very honorable」と高く評価してみせた。
どうも北朝鮮側はIAEAの査察の受け入れもアメリカ側に伝えているらしい。つまり現状の核保有の実態を明らかにすると言う意味になる。
ちなみにこのトランプの金正恩評については、日本のメディアは has been つまり現在完了形であることを無視して報じている。つまりあくまでポンペオ訪朝以来の米朝交渉を受けての印象なのだが、日本がこの交渉から完全にカヤの外に置かれていることを安倍への忖度でなんとか曖昧にしたいらしい(それとも単に英文法がよく分かってないだけなのかも知れないが)。
決定的に取り残され、「仲間はずれ」にされている日本政府
日本では「アメリカ・ファースト」の極右のトランプが核削減に応じるわけはないという先入観が幅を聞かせているが、ことはそう単純ではない。アメリカは従来、その巨大核武装を東アジアでは日本や韓国、大西洋側ではやはり核保有国であるイギリス、フランスを含むNATO加盟国の、同盟国に「核の傘」を提供して世界秩序を守るという理屈で正当化して来ているが、トランプの安全保障関連の政策公約の一丁目一番地はアメリカがこのように「世界の警察官」として振る舞うのはもうやめて、モンロー・ドクトリンの不干渉主義に立ち戻って他国の防衛のためにアメリカの若者やアメリカの血税はもう使わない、という孤立主義なのだ。直接にアメリカを守る核兵器、アメリカの国力や威信を維持する核兵器ならむしろ増強する勢いを今年の一般教書演説でも示しているが、他国を守るための核兵器配備ならもう止めるといえば、国内のトランプ支持層はむしろ歓迎するのだ。
そもそもこれはアメリカ国民もまだほとんど知らないことだが、現行のような巨大核武力の維持には凄まじい規模の財源が必要だし、AIなどを活用したシミュレーション技術も発展しているとはいえ核実験が皆無では維持出来ないのだが、アメリカ国内でも核実験場周辺の放射能汚染と深刻な健康被害が問題になっていて、そこまでの犠牲を払っての核武装が果たして必要なのかどうかの疑問がいつ巻き起こってもおかしくない。
ちなみに核兵器だけでなく原子力発電についても、福島第一事故を受けて原子力関係の環境規制が厳しく強化され、もはや原発の経営が成り立たなくなっているのが今のアメリカだ。東芝が経営破綻したのも、最大の要因は安倍政権の意向を受けてのアメリカの原子力市場への参入が、この規制強化で完全に破綻したからだ。エネルギー利用でも兵器でも、「核」についての意識がいちばん遅れているのが日本なのかも知れない。唯一の戦争被爆国(広島・長崎)で重大原子力事故(福島第一)も経験しているのになぜ、というところがあまりに皮肉なのだが、北朝鮮の核問題ひとつをとっても、金正恩にとっての核開発はあくまで自分の使える最強の外交カードだからであって、核兵器を持つことそれ自体に固執しているのではまったくない。つまり核保有ですら金正恩にとってはひとつの方便に過ぎないことに気づけていない(自分たちに核保有への憧れが強いからこその自己投影)ことが、日本が今の動きから完全に取り残されてしまった大きな理由のひとつであるのは、やはり指摘しておかなけれなるまい。
トランプの保護主義的な経済政策はそのアメリカの同盟国のあいだにも深刻な亀裂を生じさせているし、白人至上主義的なポピュリズムは、類似したネオナチ極右勢力の伸長がヨーロッパ各国でも深刻な問題になっているので、NATO加盟国やEUのトランプへの警戒感も強い。
北朝鮮問題に限らず、こうした世界環境の変化から完全に取り残されているのが、いまだに冷戦期の延長上の世界観に凝り固まった日本の外交と、そうした政府の外交方針に逆らおうとは思えないで言いなりになっている日本のメディア報道が形成して来た日本人の意識だ。いやむしろ、冷戦的な発想に起因する近隣諸国への警戒感というか敵意は、実際の冷戦期よりも今の方が激しいかも知れない。
東アジアの国際秩序を激変させるのが金正恩の野望
確かに朝鮮戦争が法的にまだ終結しておらず、朝鮮半島が国際法上は戦争状態にあることも含めて、冷戦期的な安全保障環境は東アジアではまだ色濃く残っているようにも見えなくもない。だが実際には、今の日本ではほとんどの人が理解できないまま勘違いしていることと現実がまったく異なっている点も少なくない。最たるものが北朝鮮と中国の関係で、日本人は未だに北朝鮮を「中国側」と思い込んでいるが、金正恩になってからの北朝鮮は中国との決別姿勢を鮮明にし、ほんの数ヶ月前まではその関係は米朝関係以上に険悪な、最悪といっていい状態だった。そこへ突然、金正恩が北京を電撃訪問して一見和解に至ったように見えるものの、両国の関係性は以前の事実上の冊封関係、北朝鮮が中国の事実上の保護国であった状態とはまるで異なっている。
北朝鮮からの最新ニュースでは、中国中央電視台(中国の国営テレビ)が、北朝鮮国内の大きなバス事故で30名の中国人観光客が死亡、2人が重傷で入院していて、金正恩がそのお見舞いに訪れたことを報じた。昨年の暮れには「図体がでかいだけののろまな周辺国」と罵倒しまくっていたことから考えれば掌を返したようなどころかまるで異次元に見える友好・親密アピールで、金正恩は中国大使館も訪れて死亡者について「我が民の死と思いお悔やみ申し上げる」と習近平と遺族に哀悼のメッセージを送ったそうだが、こうした言葉や態度の端々にも、あくまで対等の友好国という意識が透けて見え、だからこそ寛大かつ親切で友好的に振舞っているのがいかにも金正恩流だ。
北朝鮮の現体制は確かに、現代の民主主義の世界標準からいえば時代錯誤というか“狂った体制” である。だがだからと言ってその国が完全に発狂していてあらゆる行動が不条理で理解不能なわけでは決してなく、その “狂った体制” のトップにいるからといって金正恩が無能で横暴で理解不能な独裁者であるわけでもない。むしろ当サイトの北朝鮮関連記事で毎回指摘して来たように、金正恩はスイスのインターナショナルスクールで育っていて(少なくとも英・仏・独の3ヶ国語は流暢に操るらしい)国際的な視野も広く、外交でこれだけの剛腕を発揮できて来ている理由のひとつもそこにある。金正恩がそれぞれの相手国の特質や国際的立場や行動原理、そして弱点まで見抜いているからこそ出来ることなのだろうが、現に冷静に状況を見れば、昨年にミサイル実験を連発して6回目の核実験を強行して以来、状況はすべて金正恩が狙った通り、その思惑通りに動いて来ているではないか。核開発自体がアメリカを対等の交渉のテーブルに引き摺り出すための戦略だった。そのために一時はいかにも狂った危険な独裁者のように振舞っておいて、突然態度を豹変させたのも計算づくだ。
父・金正日政権の末期にあれだけ混乱していた北朝鮮をわずか5年で完全に建て直したどころか、父も祖父も決してできなかったレベルで国内の権力を完全に掌握してしまった金正恩に、悪魔のように狡猾な一面があるのも確かだが、だからと言って悪魔のように危険で残虐なわけではない。国内の粛清で恐るべき残虐さを見せているのも、軍を完全に押さえ込み父の重臣であったり官僚機構を担って来た対中隷属派を排除して独立国として北朝鮮を建て直し、腐敗しきっていた労働党政権に対する国民の信頼を回復するには、もっとも有効な手段だからだ。
これまでの動きを見る限り、金正恩には途方もないスケールを持った野心家と、冷徹で狡猾なリアリストの、どちらも極端なふたつの面があるようだ。リアリストとしての金正恩ならば、米朝会談は朝鮮半島の正式終結をひとつの落とし所として、あとは核放棄のカードをちら付かせながら少しずつ妥協を引き出して自国の立場をより安全なものとして確保しつつ、経済発展と諸外国との関係改善に集中していくだろう。「朝鮮半島の非核化」はひとつの建前として利用するだけ利用して、完全な核放棄はいつまで経っても実現しないだろうが、実は北朝鮮の場合その核武装は実戦レベルでは完成していないのだから、我々日本国民の圧倒多数にとっても危機は去ったことになるだろう。
これはこれで、決して悪い結論ではない。むしろこの程度で納めてくれるのなら、安倍次第で拉致問題についても一応の結論は出るだろうし、戦後補償についてもそこまで日本政府が苦境に追い込まれないレベルで済むかも知れない。なんと言っても韓国と同レベルの補償でも、北朝鮮にとっては経済発展と国民生活の向上に使える重要な資金にはなるのだ。
だが途方もないスケールを持った野心家としての金正恩であれば、「朝鮮半島の非核化」は本気の目標になり、誰もが最初は想像もしていなかったとんでもない結果としてそれが達成されるかも知れない。なんと国際的に奇妙な小国としか思われていなかった北朝鮮が核保有超大国を動かして、第二次大戦後の世界で初めて、広島長崎以来の人類の悲願である核廃絶か、少なくともかつてない本格的なレベルの核削減の道筋をつけるという、もしそうなるのなら、それはそれでまったく悪いことではない。いやむしろ唯一の戦争被爆国として、日本こそ本来ならその「朝鮮半島の非核化」に全面協力しなければ立場がないのだが…。
それこそが金正恩の真の野望なのだろう。これが実現できるなら、かつては植民地支配もされていた分断国家の小国が、超大国と堂々と対等に渡り合えたことになるのだ。
コメントを残す