長崎の、「赤い背中」の写真で知られる被爆者、谷口稜曄氏が亡くなった。当時は16歳の郵便局員、自転車で配達中に背中一面に熱線を浴びた谷口さんは、定年まで郵便局を務め上げた後、写真が自分であることを公表、原爆の語り部として長崎県内を中心に学校などで自分の背中に刻印された原爆の地獄を語り続け、核兵器禁止条約の締結を求めてニューヨークも何度も国連本部を訪ねるなど、精力的に活動された。
もう12年前のことだが、終戦60年記念で作られた谷口さんが主人公のNHKスペシャルの終盤で、当時はまだ金正日体制だった北朝鮮の核開発がニュースになる。谷口さんは「アメリカがあれだけ核を持っているのに、小国だから持つな、というのでは通じない」と吐き捨てるように呟いていた。
原爆の苦しみをもっとも味わされた1人であり、戦後は「核抑止力」の名の下に敵が持つなら自国も、という核競争の時代も目撃して来た者だからこそ言えた、この根本的な道理が、どうしたことか唯一の戦争核被爆国のはずの日本では理解されないままに、北朝鮮はついに水爆を搭載したミサイルでアメリカ本土も攻撃できる能力まで持とうとしている。ロシアの下院議員が北の高官から聞いたところによれば射程9,000Km(カリフォルニア北部まで)はすでに可能で、今は12,000Km(ワシントンDCまで到達する)に伸ばそうとしているというのだ。
むろん被爆者にとってあらゆる核兵器開発は悪であり、核兵器の使用は人道犯罪でなければならない。いかに防衛目的を主張しようが(そもそも強大な殺傷能力だけでなく被爆地に深刻な放射能汚染ももたらす核兵器が、どう「防衛目的」で使えるのかも不思議な話だが)その保有も禁止されなければならないことに、アメリカでも北朝鮮でも変わりがない。
そのアメリカが巨大核武装で北朝鮮を脅し続けているのが現実であり(これも日本人の大多数は気付かないか、気付かぬふりをしている)、アメリカやその同盟国である日本が「核抑止力」というロジックでこの脅迫体制を正当化するのなら、同じ理屈は国の大小を問わず平等に適用されなければ筋が通らないのは、確かに谷口さんが指摘し、今年の平和宣言で田上長崎市長が指摘し、オバマも広島で間接的に認めた通りだ。
逆に今は北朝鮮が、その「核抑止力」をアメリカ相手に獲得しようとしている。
と言っても、むろん量的にアメリカが圧倒的に凌駕し、いつでも北朝鮮全土の核による皆殺しも可能なことは変わらない。ただしアメリカがその攻撃能力を北朝鮮を相手に使うのなら、現状でもすでにサンフランシスコやシアトル、いずれはワシントンDCやニューヨークの全滅を覚悟しなければならなくなる。
自国民の犠牲を恐れるなら、アメリカとて北朝鮮を核攻撃はできなくなった。これが日本政府が呪文のように繰り返す「抑止力」というものの実相だ。
核拡散防止条約という時代錯誤な大国の身勝手
核拡散防止条約(NPT)では、確かに一部の国を除き核兵器保有は禁じられている。だがその一部の国とは国連安保理常任理事5大国であり、それら大国の身勝手に歪められた「国際法」が不公平で道理に合わないのも、その核保有超大国以外のどの国にとっても明らかなことだ。
第二次大戦後にそれら大国の植民地からの独立が相次いでから60年70年と経ち、新興国として頭角を表す国々も増えているなか、依然「国際秩序」が旧来の、19世紀の植民地主義列強を中心とする大国の恣意に左右されている人種差別的な不平等が、いつまでも是認され続けるわけではない。
すでにインドとパキスタンが、NPTに反して核兵器を保有している。安倍首相はそのインドと日本が核協定を結び、原子力発電技術を提供するという。これでは日本が北朝鮮の核兵器開発を建前では非難できたNPT違反という不完全な大義名分すらなくなってしまうのだが、しかも安倍はこれが「対中包囲網」の一貫になるとして期待を寄せているのだから、なにを血迷っているのか理解に苦しむ。連携して包囲網を構築すべき相手をわざわざ敵視して周辺諸国の連携を破綻させようとするとは、いったいなにがやりたいのだろう?
衆院解散の理由のひとつで安倍は北朝鮮を「国難」と断じて国民の信任が必要だと、ただでさえわけが分からないことを言っているが、その北朝鮮に対していったいどんな有効な方策を、安倍政権は持っているというのだろうか? そもそも国内でも国際的にも孤立を深めるドナルド・トランプを主役・ヒーロー役とする「国際社会の連携」なんてものがあり得るのだろうか?
体制や社会状況が個人の能力と直接関係するわけがないことに、我々はそろそろ気付いた方がいい。
恵まれた経済先進国で、民主主義の体制も自由も憲法上は保証されているはずの戦後日本だからといって、2人の首相を輩出した「岸王朝」の三代目が相当に出来が悪いというのも十分にあり得るし、奇妙な独裁体制の金王朝だからってその第三世代の金正男や金正恩が有能であるかも知れないのも、十分にあり得ることだ。
個人の能力が教育環境に大きく左右されると言うのなら、岸王朝ないし岸自民党右派の戦後レジーム三代目が、お坊ちゃん私立を小学校からのエスカレーターでなんとかお情けで卒業できた程度なのに対し、金正恩はスイスのインターナショナル・スクールで学んでいる。本人の国際的な視野も(入学審査もないサマースクールの語学講座を「米国留学」と吹聴する安倍なんぞとは比べ物にならぬほど)実は広い。こうしたインターナショナル・スクールにはいわゆる第三世界の(つまり、19世紀的な植民地主義支配から独立した国々の)富裕層の子女が多く学んでいて、北朝鮮はこと金正恩の時代に入ってから、そうした国々と経済も含めて関係を深めているし、先進国や大国をあえて挑発してその権威を突き崩そうとする金正恩のやり方には、そうした先進国から見下されて来た国々から見れば、ある種の痛快さすらある。
北朝鮮労働党政権が時代錯誤の独裁体制だとしても、それを守る立場だからというだけで金正恩の知力を見くびっていい根拠にはならないし、北の労働党独裁の全体主義体制が正当化できないからと言って、それを敵視する側が絶対正義になるわけでもない。
まして20世紀後半の冷戦どころか19世紀的な植民地主義の時代の意識を引きずって、欧米の、白人の超大国に従うことが国際秩序だと言い張って、安倍やその熱烈支持層が中国を敵視し北朝鮮を「国難」と呼ぶのなら、いったいどこのガラパゴス右翼なんだという話にしかなるまい。
いやガラパゴス島の生物は孤立した環境下で独自の進化を遂げて来たのだが、日本の永田町の一部に棲息する珍獣たち(いわゆる「改憲派」)は、進化どころか退化している。
「朝鮮半島の非核化」なら、アメリカの核の傘も撤廃されなければ筋が通らない
よく考えれば日本にとっては、北朝鮮の大陸間弾道弾が開発が達成されればリスクはむしろ減る。
北朝鮮にテポドンやスカッド改良型しかなかった時代なら、アメリカに自国が壊滅させられる時の最後のあがきで核攻撃できたのは、在日米軍基地だった。沖縄には冷戦期に1600発もの核弾頭が配備されていた核弾薬庫が使用可能のまま温存されており、日本の非核三原則のうち特に「持ち込ませず」を本気にしている軍事・安全保障担当者は世界のどの国にもいないし、むしろ日本政府が「核の傘」の必要性を主張しているというのは、この原則を守る気がないと公言しているに等しい。
横須賀や横田などの首都圏の米軍基地には、核攻撃に備え地下シェルター化された司令部機能がある(逗子市の池子米軍住宅にもそのサブがあると言われている)。テポドンなどしかななかった時代なら、アメリカが北朝鮮に核戦争を仕掛けた場合に備え、報復攻撃や自国防衛の先制攻撃対象として、これらの米軍施設が当然真っ先に狙われていた。沖縄は再び「本土防衛のための焦土作戦」の犠牲になったし、横須賀などの地下司令部機能まで無力化できる徹底した核攻撃があれば、首都圏3000万住人が全滅しただろう。ちなみに国際法上はあくまで自国を攻撃する敵国の攻撃能力を叩く防衛行為となり、一般市民を巻き添えに沖縄や首都圏が壊滅しても「コラテラル・ダメージ」が主張できる。もっともその時には、北朝鮮自体がアメリカの核攻撃で消滅していて、国際法違反もなにも今さら問われる対象がなくなっているだろうが。
アメリカの「核の傘」が日本の防衛に不可欠などというのは、実態はこの程度のことに過ぎない。
まず誰が考えたって最優先される軍事標的(首都圏と沖縄)についてはなにも言わないで、秋田だので厳戒体制を敷くという日本政府もとんだナンセンスというか国民を騙しているわけだが、北朝鮮が米本土の核攻撃能力を身につければ、最優先で狙うのは在日米軍ではなくアメリカ本土、可能なら当然ワシントンDCでありペンタゴン(アメリカ国防総省)であり米本土の核基地になる。
2度行われた北太平洋の真ん中を標的にしたミサイル演習でもそうだったが、弾道ミサイルの航跡は日本の「上空」ではなく日本の上の宇宙空間(地表から550~700Km前後)、一般的な人工衛星(300~500Km前後)よりさらに高い無重力の空間を慣性の法則で高速移動しているのだから、いきなり落ちて来ることはまずあり得ないし、万が一それが起こっても、その角度なら大気圏内で燃え尽きてしまうので、日本の領土領海にはほぼなんの危害もない。米軍のオスプレイやヘリの方がよほど落ちて来て危ない、という皮肉も成立するほどだし、ちなみに、つまり日本政府がわざわざJアラートを鳴らしたのは馬鹿げているというか、国民を洗脳するプロパガンダでしかない。
安倍は「圧力をかけて北朝鮮の政策を変えさせる」と総選挙で言い張り、圧力をかけ続ければ北側が謝って許して下さいと対話を望んで来る、と夢みたいな主張を繰り返しているが、もちろん北朝鮮がこの程度で音を上げるくらいなら、最初から公然と核開発なぞやっていない。
真面目に朝鮮半島の非核化を言うのなら、北の核とミサイルの開発の凍結と引き換えに、アメリカも北朝鮮を標的とした核ミサイルの配備を止めるか、最低でも核の先制不使用宣言を出して北を核攻撃はしない旨を確約するくらいしか、落とし所はないだろう。日本が依存する「核の傘」があり続けるのなら、北朝鮮にとってその「核の傘」こそが脅威であり、対抗手段を得て自国を守ろうとするのを止められる大義名分は、アメリカにも日本にも韓国にもないのだ。
安倍首相は「対話のための対話は意味がない」というが、これも逆だ。日本がアメリカの「核の傘」に依存し続けたいのなら、極論すればいつまでも終わらせないことが目的の対話のための対話を延々とアメリカに続けてもらうしかない。上辺だけ、言葉だけ繰り返される「対話と圧力」の実態とは、こういうことでしかない。
「中国の属国」から脱しようとする金正恩の北朝鮮
それに一般論で言うなら、対話が続く限りは双方とも軍事オプションは使わない(使えない)ので、偶発的な開戦もかなりの確率で避けられる。そもそも今の北朝鮮もアメリカも、戦争は絶対にできないことを百も承知で、水面下で接触を繰り返しながら、正式に交渉に入る際の立場を少しでも有利にするための鞘当てを繰り返しているに過ぎず、戦争が起こるとしたら文字通り「偶発」、つまりなにかの間違い以外はあり得ないのだが。
いまや北朝鮮の「挑発」というのは過小評価だろう。核武装の目標は、もちろん第一義的にはアメリカに自国を攻撃させない抑止力だが、金正恩は緻密に計算された外交的離れ業で、もっと大きなことまで成し遂げようとしているように思える。
まずNPT(核拡散禁止条約)などの現在の核保有の「ルール」に露骨に現れた大国の身勝手に、もはやただ反発するだけでなく、その欺瞞性をあぶり出しにする巧妙なロジックで、着々とその植民地主義時代以来の大国たちの権威を揺さぶろうとしている。この意味を、その大国中心でしか国際政治を見られていない日本では見落としがちだ。
当面の、直近の目的は核カードによって、これまでずっと北朝鮮を全滅させられるだけの核ミサイルの照準を合わせて来たアメリカを、単独・対等ベースでの対話に引き込むことだが、ここには多くの国々(とくに日本)がなぜか気付かない別の意図も明らかだ。
対米単独・対等の直接交渉とは、言い換えれば中国の仲介を排除することに他ならない。
つまり今まで自国を属国扱いし、また国際社会も北朝鮮をその属国とみなして来た中国が北朝鮮を押さえるという構図を拒否することで、その属国の立場から北朝鮮が独立することの意味の方が、直接的・直近にはより大きいくらいだ。
金正恩は権力継承の当初から一貫して、父・金正日が中国の後ろ盾で政権を維持していたいわば対中隷属体制を変えようとして、あの手この手を繰り出している。最初は拉致問題を再謝罪の上でその再調査を申し出たのも、中国一辺倒ではない別の外交と貿易や海外からの投資のルートを構築する試みにつなげたかったのだろうし、父の側近で親中派の大物だった張成沢を自らの叔父であっても容赦なく粛清もし、今年に入ってからはマカオ在住でやはり中南海(中国共産党指導部)との密接なパイプが噂されて来た金正男を、実兄であっても暗殺さえ辞さなかった。
だがもはや誰も気にしていないが、マレーシアの国際空港で兄・金正男を暗殺したのは、金正恩にとって最大の外交危機になり得たはずだった。
既に最大の外交危機を切り抜けた金正恩
VXガスを友好国の、しかも不特定多数の外国人も多い空港で使うのは、危険なテロとみなされさすがに申し開きのしようがない。マレーシアだけでなく自国民が騙されて実行犯としてリクルートされてされたヴェトナム、インドネシアなど、これまで友好関係にあった東南アジア諸国からも非難が集中し、国交断絶が続出してもおかしくなかった。それが今や、核とミサイル問題の影でまったくうやむやに忘れられ、東南アジアとの関係もいつのまにか修復されている。今の北朝鮮にとって、東南アジア諸国との良好な関係が対中・対米関係以上に経済的にも重要であるなか、この危機を解消したのはまさに、とんでもない外交的離れ業だった。
金正恩の巧妙さは、ひとつにはこの事件が建前上は国家の威信に関わることでも、それら東南アジア諸国が沽券よりも国益を優先するであろうと見抜いていたことにもある。だいたい建前では自国の空港で危険な神経ガスを使うとは、という態度になるマレーシアにとってさえ、自国民が殺されたわけでもない。北朝鮮のレジーム内部の内紛でしかなく、自国にも自国民にも実は関係がない。建前だけのメンツの問題より、優先される実際の国益というものもあるのだ。
逆に言えばここで気付くべきなのは、北との経済関係がマレーシアなどにとっても切り捨てられるような取るに足らないものではないこと、そしてそれらの国々が先進国の標榜する、例えば「人権」であるとか「法の支配」をそこまで重視していないというか、しょせんは偽善の欺瞞だろうという程度にしか先進国(たとえば日本)を信頼していないという意味で、むしろ潜在的には北の「味方」にすらなり得ることだ。
ちなみに北朝鮮の諜報・謀略機関が、なぜよりにもよって空港で毒ガス暗殺作戦を敢行したのかといえば、本来なら発覚するはずがない計画だったからだ。自国の外交官旅券を持つ金正男が空港で死亡すれば、北朝鮮大使館に連絡が入る。遺体を引き取れば心不全かなにかということにできるし、旅券は偽名だったので身許も隠せたはずだ。ところがマレーシアの空港警察が、韓国の旅券だと勘違いして韓国の大使館員を呼んでしまったのが、この事件が発覚した真相だった。韓国大使館では即座に遺体が金正男であり、ならば暗殺されたのだろうと見抜いたのだ。
ところが金正恩政権はこの事件にあえてたいした反論もせず、むしろ無視して代わりにミサイル演習を次々と実行し、核実験の可能性をちらつかせ、そこに注目を集めることで申し開きも正当化もやりようがなかった失態を切り抜けてしまっている。相手国の国情や国民性、現代の国際メディアの傾向を計算し尽くした巧妙な戦略だったが、まあこれですら、結果論からすればたいしたことはないのかも知れない。
今やもっと大がかりに展開する外交的な離れ業(しかも計算づく)を、北朝鮮の「挑発」「暴走」だと日本やアメリカや韓国のメディアは喧伝するが、結果がことごとく北側の計算通りの利益の方に動いて来ているのは否めまい。北朝鮮はかつてはほとんどなかった国際的な影響力をどんどん強めているだけでなく、トランプ政権との派手な罵倒の応酬を続けることで、水素爆弾やICBM(大陸間弾道ミサイル)技術の実用化に必要な時間稼ぎも周到に確保し続けている。
北朝鮮には一年以内に核搭載可能で米国本土全体を射程に収めるICBMを実用化する能力があるという見方が今や大勢で、すでに完成している可能性も否定できない。つまり「抑止力」がもう機能し始めていてもおかしくなく、アメリカが北朝鮮に先制攻撃を仕掛けた際のリスクは、もはや38度線に配備されたロケット砲や大砲でソウルが甚大な損害をこうむること(金正日時代には「ソウルを火の海にする」と言い放つことで武力衝突を回避できた)に留まらない。
日韓併合の記念日にミサイルが日本上空を
日本では「すべてが北朝鮮ペースなのが腹立たしい」「なめられている」といった怒りの声さえ聴こえてくるが、「なめられている」のはその通りで、だからこそのんきな感情論を言っている場合ではない。これまで安倍政権の強硬姿勢では事態がまったく動いて来なかったどころか、逆に使える外交カードが今やなにもない状況に追い込まれ、結果として核ミサイル技術を完成させるための時間稼ぎすら許して来てしまっているだけではない。日本の正当性に疑いの眼が向けられてもおかしくない国際的な孤立に、金正恩に巧みにマニピュレートされた日本政府が自らを追い込み始めている。
前々回の、襟裳岬上空を通過したミサイル演習は1910年に日本が李氏朝鮮を廃し半島を併合した日、つまりは「日本による侵略記念日」に行われた。
北朝鮮当局が念入りに声明に含めたこの言及を、日本のメディアの中には懸命に無視しようとしていて、「海軍記念日の翌日だった」とわざわざ言ったテレビ局すらあった。こんな調子では「侵略の歴史を反省していない」と国際的な批判が集中して国連憲章の「旧敵国条項」が持ち出されるきっかけになりかねないし、それでも安倍政権が無視したがり続けるのなら、(日本に出来ることはなにもないので)期待している国際圧力も、まず韓国が北朝鮮に「植民地侵略者の言いなりになる、民族の誇りを忘れた情けない奴隷同朋」くらいのことは言われかねず動きようがなくなるし、同じく日本の戦争被害国(それも人数的には最大の被害)である中国も、態度を硬化させざるを得ない。三大周辺国である日本・韓国・中国が不仲になればなるほど、得をするのは北朝鮮だ。
この核とミサイルの「危機」が安倍政権にとって国内の政権スキャンダル隠しにもなっていることから、ある種のブラック・ユーモアとして、金正恩は安倍を援護するためにミサイルを撃っているとまで揶揄されているが、これも100%冗談とも言えまい。金正恩にとって、安倍のヒステリックな国内引きこもり的ナショナリズムは、まこと弄ぶのに容易いものなのだ。韓国の文在寅のように人道主義や融和・対話が基本方針の政権では、その大義名分を突きつけられれば、逆にやりたいことが出来なくなるだろう。
金正恩の狙い通りに翻弄されるばかりの安倍政権
金正恩にとって「やりたいこと」とはまずアメリカとの直接の、対等な外交交渉だ。そこに韓国や日本が仲介者として入り込むのは排除したいし、こと中国が関わってしまうなら、北は今でも中国の属国だということになってしまう。だからこそ安倍のようにかけられる「圧力」ももはやないのに「圧力」一辺倒の無能な強硬姿勢はかえって好都合だし、なんと言っても安倍政権が相手なら、その政権下に外交にせよ防衛にせよ官僚機構のガバナンスが崩壊しつつある今、適当にあしらったりからかったり巧妙に操ったりするのは、赤子の手をひねるようなものだ。
たとえば北は8月に米領グアムの周辺海域をミサイル演習の目標だと発表したが、その際には日本の島根県・広島県・愛媛県・高知県の上空を通過するとまで宣言した。この時の日本政府の慌てっぷりは滑稽としか言いようがなかった。国会の閉会中審査の防衛委員会でこの4県の防空体制を野党に質問された政府は、慌ててPAC3ミサイルを移動させたのだが、そもそもグアムに届く弾道弾なら、日本上空では人工衛星の通常の軌跡より高い宇宙空間で、PAC3ではまったく高度が届かない。
果たして日米の慌てっぷりに、北朝鮮は余裕たっぷりに「しばらくアメリカの動きを見守ってやる」と宣言し、日本上空を通過するとわざわざ発表したのは「悪ふざけ」とまで述べている。これでも「日本政府はからかわれている、馬鹿にされているのだ」と気付けないとしたら、その方がどうかしている。
グアム周辺海域へのミサイル演習の延期を北が発表したことで、一時は危機は去ったかのような雰囲気が日米では広がり、トランプは金正恩について「賢い選択」とツイートした。とたんに今度は北海道を超えて太平洋の中央に向けて弾道ミサイルを発射、日本上空を通過した(と言ってミサイルの通る高度は領空の対象ではなく、宇宙空間であって「上空」ではない)と日本政府が大騒ぎを始めると、さらにだめ押しのように六回目の核実験を敢行した。
核実験の爆発規模の発表を日本政府が二度も訂正せざるを得なくなったのも、あまりにみっともない展開だった。こうしてミサイル演習については堂々と日韓併合条約締結、つまり日本の朝鮮半島侵略の記念日だとわざわざ宣言した北朝鮮の、日本に対しては徹底的にバカにする、という目標は、必要以上の効果をあげてしまっている。
列国の政府やメディアの予測をわざと裏切る戦略
9月9日の独立記念日になにかやるのではないか、10月10日の朝鮮労働党設立記念日は、と各国の政府が警戒しているとメディアは口々に報じた。もちろんそこまで「期待」されたら、逆になにもやるわけがなく、どちらの記念日ものどかな祝賀行事を報じる中央テレビに関係国の目が釘付けになっただけで終わったのだが、これでも「からかわれている」ということにいいかげん気付かない方がおかしいのではないか?
だが日本政府はと言えば、わざわざJアラートを発令し、国内を不安感で洗脳することにばかり終始している。平日早朝の発射に、北海道の「上空」ですらない、人工衛星が行き来する宇宙空間を通るだけなのに、長野県にまで警報を発しながら、通勤が混乱を来す東京都と神奈川県は除外するのだから滑稽としか言いようがない。いっそ次回は東京の上を横切る航路を選択されたら、Jアラートを出して交通網が麻痺すれば損害があまりにも大きくなるだけに、安倍もさすがに発令するわけにもいかず、化けの皮が剥がれてしまいそうだ。
最新の国連安保理決議に対抗した声明で、北朝鮮外務省は「日本列島は取るに足らないから核で海に沈めてしまえ、という声もある」と自国民の意見らしきものを引用してみせた。
日本のメディアはほぼ無視しているが、これには「底意地の悪い傲慢さを反省していない」という前提があった。意味することは明らかだろう。この前日には東京地裁が、朝鮮学校を高校無償化に含めなくていいという判決を出している。まさに「底意地が悪い」「傲慢」そのものだし、9月1日の関東大震災記念日では、小池東京都知事が朝鮮人リンチ虐殺の史実をうやむやにしようともした。
日本の外交では現在、韓国とのあいだで慰安婦に続いて戦時中の徴用工のことも外交問題としてくすぶり始めている。文在寅は今のところとても慎重な態度に徹しているとはいえ、2015年の「明治の産業革命遺産」の世界遺産登録に際して外国人の徴用・強制労働についての史実をしっかり啓蒙するという国際公約を安倍政権がまったく守る気もみせない現状では、深刻な顛末につながりかねない。
こと北朝鮮とのあいだでは、2002年の日朝両政府間の平壌宣言で約束されたはずの戦争・植民地支配の被害についての交渉もまったく絵に描いた餅のままだ。こうして歴史的な未解決問題をあげつらえば、レイシスト極右の歴史修正主義臭の漂う安倍政権のままでは、北はいくらでも周辺諸国の結束を揺さぶることが出来るし、それでも日本が態度を変えなければ、日本に侵略・植民地支配の反省がないと指摘し、その反応の稚拙さによっては国連憲章の旧敵国条項を持ち出して「日本こそ制裁されるべき」とだって言えてしまう。
そこまで北朝鮮の計算に含まれていることすら、もはや否定できる根拠はないのだ。なにしろただでさえ、北の核開発に反対し対峙しているはずの日・米・韓・中・露の「結束」は極めて怪しいし、強硬な圧力一辺倒で固まった日本と、その対極を主張する露の二国を除けば、それぞれの国内で利害がバラバラなのだ。
各国の思惑がすれ違う以前に、そもそも国内がバラバラ
半年以上長引く「危機」のなかで、これまでの「常識」を覆す現実がいくつか明らかになって来た。
まず、金正日の代では相当な影響力を持っていた北京が、もはや平壌にまったく圧力をかけられなくなっている。言い換えれば金正恩は中国の言うことなぞまったく聞く気がない(少なくとも、そうと取られる態度は決して見せない)。これは昨2016年の春節(旧正月)に合わせたミサイル実験の時点でも分かっていたはずのことだ。それでも今年になってもトランプに頼まれていったんは圧力をかけようとした習近平政権だったが、さすがに自分たちの影響力の低下を自覚せざるを得なくなっている。
トランプにとっては番狂わせだったが、結果この大統領についてもここで意外な一面が見えて来たのが二点目の、これまでの常識を覆す事態だ。選挙期間中は貿易不均衡がアメリカの雇用を奪っていると中国を名指しで非難し続けていたのだけに、対北朝鮮での習近平との協調路線だけでも意外だったが、そこで中国には北朝鮮を抑えられないと分かっても「彼らは最善を尽くしている」と擁護し、G7サミットに当たってはロシアの復帰だけでなく中国も加えたG9に発展すべきだという持論まで示唆した。
トランプはオバマ以上の親中路線を明白にしつつある。一時は南沙諸島をめぐる「航行の自由作戦」や、THAADの韓国への配備計画も留保しかねない雰囲気にまでなってしまって国務省と軍が慌ててそれらの強行を主張したほどだ。こうしたトランプの新中国路線は娘婿で政権ブレーンと目されるジャレッド・クシュナーの影響とも憶測され、アメリカ国内ではそのクシュナーをいわゆるロシア・ゲート疑惑の捜査対象として牽制する動きもあるが、恐らくそれ以上に決定的なのは、トランプと習近平が馬が合ってしまったというか、米中の立場の違いはあろうともトランプが習のことが好きになってしまった、個人的な信頼関係を大事にしたいと思っているところだろう(ちなみにそうした信頼関係を強調したがる安倍については、トランプがまるで軽視して適当にあしらっているだけなのも明らかだろう)。それに今のアメリカ経済の好調を維持するには、もちろん対中関係をいたずらに悪化させることなんて出来ないのだ。
さまざまな思惑がからみ、政権内の対立も多々あって不安定な米政府内でも、朝鮮半島における武力衝突には決してなってはならない、という点では一致しており、軍出身の(いわばプロ軍人の)マティス国防長官が、それだけは決して許してはならないことを明言している。今のホワイトハウスでもっとも影響力が強い、トランプもその言葉には素直に従う相手が、このバリバリのプロ軍人であるマティス氏だ。だが「戦争はできない」の先では、大統領と軍・国防総省と、特に国務省の足並みにはバラつきが目立つ。また国務省・国防総省ともに政治任用の幹部人事に未だに空席が多く、さまざまな機能不全が見え隠れして不安が尽きない。
平壌にメンツを潰されたことをなんとか隠したい北京
トランプはまず習近平との信頼関係を構築して米中連携で、というか主に中国の影響力に頼って北朝鮮を押さえ込めないかと考えたが、それがうまく行かないとわかると、6月頃には自ら金正恩と直談判する可能性すら示唆していた。
軍事衝突を避けるならこれらの手段しかない、というトランプの考えは間違ってはいない(他にどうやりようがあるのかと言えば、なにもない)だろうが、「共産主義」へのアレルギー的な警戒感が強い軍や国防省も、それに国務省の一部にとっても、この動きは青天の霹靂だったことだろう。リベラル派で自由主義経済重視のオバマ前政権ですらやらなかった中国との大接近を、極右のはずのトランプがやろうとしているのだ。
今年の「北朝鮮危機」は当初米韓合同軍事演習への対抗として始まったが、あてつけと脅迫を駆使したマニュピレーション外交の標的は、もはやアメリカや、直接の敵対国であるはずの韓国だけに留まらない。だいたいアメリカ本土を射程に収めるミサイルに核弾頭を搭載できるようになるということは、自動的にロシアのうちシベリアと、中国本土のほぼすべてが同じ脅威に晒されていることも意味するのだ。
金正恩は習近平が一帯一路構想をぶち上げる重要な外交イベントに合わせてこれ見よがしにミサイルを打ち上げ、自分たちが対抗しているのは「アメリカに従属する勢力」の侵略に対してだ、とそのメンツを潰して露骨に当てこすった。「図体が大きいだけののろまで間抜けな周辺諸国」など、中国に対する罵倒も対アメリカ以上に激しく、今度は中国共産党大会に合わせてなにかをやるのではないか、ということも警戒されている。アメリカがわざわざこの時期には異例の日韓軍事演習をやっているのも、中南海への援護射撃的な意味が強い。
ただでさえ、金正恩に政権が移ってからというもの、父の金正日の時代のいわば中国依存政策は、ほとんど180度変わってしまった。中南海にとって本音は腹立たしいことこの上ないし、外務省は怒り心頭だが、かと言ってなにが出来るわけでもない。外務省としては、生意気な(従う気もないどころか公然と罵倒すらする)北朝鮮に対する強硬姿勢で米日と同調したいようだが、政権全体でその立場を取れるかというと、極めて微妙だ。
そもそも急激な経済発展の当然の結果として、今の中国は商売のためなら政府の命令を真面目に守るような社会ではなくなっている上に(尖閣諸島周辺で密猟が絶えないのもこのためだ)、こと中朝国境地帯となる旧満州に多い満州族、モンゴル族、朝鮮族などの少数民族は、元々北京政府に対して決して従順ではない。北朝鮮との貿易を生業にしている人々や、そこからの出稼ぎ労働力に依存する業者からの反発を考えれば、「形だけ」以上の制裁は相当に困難になるのだ。
また中国が必ずしも制裁に積極的でなかったのは、自らが安保理常任理事国として決定を主導した制裁を自国が徹底できなければ、立場がなくなるからでもある。北朝鮮のような小国に「なめられる」状態であると国民に分かってしまえば、習近平政権の威信と求心力が急速に衰えることすら懸念されるし、国内でくすぶる少数民族問題にも影響が出かねない。
ロシアのプーチン大統領はもっとしたたかだ。あたかも自国が北朝鮮を理解し、また影響力もあるかのような余裕を装いながら、いかにもリーズナブルな平和主義にさえ聴こえるように「対話と外交以外で解決できない」と繰り返すその本音はと言えば、ロシアも強硬姿勢に転じても、北朝鮮の核開発とミサイル演習の連発の政策にはなんの変化も起きない可能性は高いし、その時点でロシアもまたなんの影響力も北朝鮮に対し持ち得ないことが明らかになってしまう。ならば制裁や強行姿勢に距離を置いた方が自国のメンツは守れるし、日本や米国がなにを勘違いしたのか「ロシアの協力が鍵」と思い込んでいるあいだは、そのこと自体を自国に有利に活用できるのだ。
対北朝鮮よりも自国の政治浄化を選んだ韓国の若い世代
三点目のこれまでの常識を覆す現実は、一連の危機に対する韓国国民の、大統領選挙で示された反応だ。
北朝鮮がミサイル演習等を駆使した脅しを先鋭化させたのはアメリカが春の米韓合同軍事演習を強行し、主力級の空母を日本海に配備することまで示唆したからでもある。こうして始まった「究極のチキン・レース」は朴槿恵大統領が弾劾で失職した結果の新大統領を選ぶ選挙でリベラル派の文在寅が当選するのを阻止するためだ、とも憶測されていた。
大統領選で北朝鮮の脅威が強調されれば、南北再統一を理想として和解と対話を主張するリベラル派は不利になり、旧ハンナラ党系の保守派の返り咲きとまでは行かずとも、親米というか米国隷属路線で、北朝鮮や中国と距離を置く中道派に票が流れるだろう、と特に日本では期待されていた。
だが結果は予想とまったく異なり、文在寅の圧勝だった。
言い換えれば、韓国国民、とくに朴前大統領の弾劾を主導した若い世代は、北朝鮮をさほどの脅威とはみなしておらず、核実権やミサイルに一喜一憂することよりも、朴槿恵の一連のスキャンダルで露呈した韓国政治の腐敗こそを、国家的な危機とみなしたのだ。
もちろん文在寅の外交政策は、たとえば一部の日本のメディアが報じたような「親北」ないし北朝鮮相手の弱腰外交でもなければ、対立候補たちが強弁したような金正恩の言いなりになるものでもない。朝鮮戦争の戦没者の慰霊式典でも、文新大統領は自らの理想とする立場をあえて強調した。「愛国心」という言葉の繰り返しである。韓国の場合「愛国心」は、韓国政府への忠誠を必ずしも意味しない。むしろ北朝鮮を「敵」とみなすのではなく、同じ朝鮮民族の分断国家どうしとして、その分断を乗り越える意志を繰り返したのだ。つまり北朝鮮をただ「敵」とみなしているのでもないし、この危機にもっとも直接向き合わされる立場にしては、意外なほど冷静でもある(もっとも、よく考えれば金正恩が対アメリカに専念するのなら、逆に言えば韓国に対する直接の脅威は減る)。
しかしそれでも、北朝鮮の核とミサイル開発の強硬姿勢は、韓国の政治権力内部で新しい亀裂も露呈したし、それが本格的な国内分断に発展することを望まない文在寅にとっては、数々の妥協を強要するものでもある。政権発足直後には軍と国防当局が大統領に無断でTHAADの配備について米国防総省と合意していたこともあったし、結局THAADは受け入れることになったものの、配備先の地元を中心に、とくに若い世代からの反対の声も大きい。
周知の通り韓国では今でも男子の徴兵制があり、軍は保守的で親米的な世論形成にこれまで一定の影響力を持って来た。その韓国軍は起源を辿れば旧日本軍の教育・訓練を受けた将校達が作ったものであり、その代表例といえば朴槿恵の父で戦前に日本軍の教育と訓練を受けた軍人でもあった朴正煕元大統領だろう。その朴正煕らの主導した軍事政権は親米であるだけでなく極度なまでの親日政権というか、旧宗主国である日本の自由民主党右派と強いパイプを持ち、その言いなりにさえなっていた。
この意味で韓国の保守主義とナショナリズムは元から複雑な矛盾をはらんでもいる。80年代後半以降進んだ民主化は、こうした旧宗主国と結び付いたまま腐敗し独裁に走った権力層への反抗でもあり、反植民地主義の民族主義色の強さからも再統一が目標とされる理想となった。民主化と同時に植民地時代の問題が韓国で明らかにされて行ったのも、一般日本人から見れば遠い過去の問題にしか見えず、なのに今でも忘れてくれないのは「反日」に見えるのかも知れないが、韓国にとってはその過去の清算は、戦後の韓国政治を蝕んで来たアクチュアルな政治問題であり続けて来たし、朴槿恵の弾劾と失脚と文在寅の新大統領就任は、その意味で韓国の民主主義だけでなく民族主義にとっても最終的な勝利とも言える。
だがそこに立ちふさがったのが北朝鮮の核とミサイルと「国防」をめぐる危機でもある。言い換えれば、軍や保守派が北朝鮮に対抗することを理由付け・自己正当化の根拠として日本に倣った対米従属を主張しても、そう簡単には通らないことがこの大統領選で明らかになったとも言えるし、だからこそ顕在化したのが、在文寅を大統領にした原動力でもある若い世代と、朝鮮戦争の記憶が生々しい高齢者との、世代間の分断でもある。
北朝鮮をめぐる危機が長引くことは、「対抗して核武装を」と主張する一部の極右の発言力が強まってしまうのも含め、韓国の政治を不安定化させかねない危険性はあるし、北朝鮮がわざわざ日韓併合の記念日にミサイルを発射して見せたことは、日本の安倍政権が誠実に対応しないことを見越して、韓国の複雑なナショナリズム意識をくすぐり、その政治にくさびを打ち込み亀裂を大きくする意図もある。
制裁で国際的な孤立を、という戦略はまったく機能していない
周辺諸国のうち日本の政界だけはほぼ一枚岩の、強硬姿勢で一致しているように見える。北朝鮮はその日本に対しては、わざと排他的経済水域のギリギリ内側にミサイルを落下させて「在日米軍基地」は北朝鮮の自衛行為の標的になり得ると声明を出した。対する日本政府は、口先だけの「毅然とした態度」「厳重な抗議」を国内向けに繰り返すだけで、トランプが軍事カードを使ってくれることに期待を膨らませる以外にまったくなす術がない。
その日本が完全に依存しているアメリカは確かに、まず春の米韓合同軍事演習は全日程を強行し、海軍の原子力空母団を日本海に展開させることをちらつかせて軍事力によるブラフに徹するかのように見えた。トランプ大統領は「あらゆるカードがテーブル上にある」と安倍に告げ、軍事侵攻を期待する安倍を喜ばせもした。だが今や、「あらゆるカード」という安倍へのリップサービスの真意は、どうもまったくそういう意味ではなかった気配が濃厚になりつつある。「あらゆる」とは軍事行動とは真逆の、日本が期待も想定もしていなかったオプション、つまり「対話」というか米朝だけの直接交渉も当然含むわけで、トランプ自身が平壌に行くという選択肢まで浮上している。
「国際的な孤立を」という日米などの掛け声にも関わらず「国際社会」がバラバラで、その結果「制裁」がまったく絵に描いた餅なのも、もはや誰の眼にも明らかだろう。190を越える国連加盟国のうち北朝鮮と国交があるのは160カ国あり、一方で制裁の実行を安保理に報告している国は70前後しかない。それも形だけの報告でも済む以上、実際にはもっと少ないかも知れない。
日本側の大きな勘違いは、安保理の制裁は形の上では「国連の総意」だとしても、最初から常任理事国の五大国の意向に牛耳られているだけの安保理でしかないのをまったく理解できていないところにある。
しかも今年には、この五大国に対する新たな不信の要素が加わっている。
核兵器禁止条約が発効すれば、トランプのアメリカこそが国際的に孤立する
核兵器禁止条約がこの夏、122カ国の賛成によって国連で採択された。批准手続きも順調に進んでおり、年内には正式に成立発効する見込みだ。安保理常任理事の五大国、米、ロ、中国、英、仏は会議にも参加しなかっただけではなく、ことアメリカは露骨な妨害工作まで行った。
自らの「核の傘」をひけらかしたアメリカの脅しに、NATO諸国で国民世論を理由に抗ったのはオランダだけだ。同じくアメリカの同盟国だが唯一の戦争被曝国として核廃絶をもっとも切望していなければおかしい日本は、最初は会議に参加だけはしたものの「アメリカのスパイか?」と陰口まで叩かれた挙げ句、会議を脱落してしまった。
そんな大国の身勝手を強行した核保有国つまり安保理常任理事五カ国、特にアメリカに対する反発は強く、条約はその条文自体がヒロシマとナガサキを人道犯罪と断罪していると解釈すら出来るような、厳しい内容となった。
そうでなくとも世界中で米トランプ政権の「アメリカ・ファースト」には警戒が強いだけでなく、そのアメリカに多くの自国民が移民している発展途上国にとって、トランプが公言する移民排斥と露骨な人種差別はとりわけ危険で、しかも極めて侮辱的にも響く。
米国内でも白人至上主義の台頭と人種対立が激化するなか、そんな極右ファシスト色の強いアメリカの強硬姿勢が冷ややかな眼でしか見られていなくても当然であることに、日本の外交は気付いていないのだろうか? それどころかトランプの北朝鮮に対する一見勇ましい言動は、議会からも国内世論からも支持を得ていない。それでも安倍政権はトランプべったりであることが「国際社会と協力して」だと主張している。
だが北朝鮮の真の狙いのひとつが、このトランプのアメリカが発散している分断と危機や、ヨーロッパ先進国に蔓延する排他的な人種差別の極右化傾向に逆につけ込むことにこそあるというのも、想定から外すべきでない。
つまり第二次大戦の「戦勝国」でありそれ以前からの大国の意向に振り回されるばかりの今の国連のままなら、本当に正当性があると言えるのか、という現代の国際秩序に対する根本的な疑念を呼び起こすことだ。アメリカ一強の国際秩序がバラク・オバマの政権下であればまだ納得なり安心はある程度できるにしても、トランプの「アメリカ・ファースト」では、そこに素直に従うことはほとんどの国にとって無理な相談だ。
言い換えれば、北朝鮮の派手な反米アピールは、発展の著しい東南アジアの新興国だけでなく、旧植民地帝国である欧米諸国に振り回され続けて戦乱の耐えない中近東やアフリカ諸国でも、アメリカの属国扱いに不満が溜まり、今やトランプの移民排斥の直接標的にされている中南米諸国でも、そこから見て世界を牛耳っていることになる大国の、権威を失墜させることにもつながるのだ。
北朝鮮が違反している「国際法」は安保理決議とNPTだけ
この文脈で考える上で、すでに明白になっていることがふたつある。まず北朝鮮のやっていることが安保理決議とNPT(核拡散防止条約)以外では国際法にまったく違反していないことを見落としてはならない。
いかに「国際法違反だ」とあげつらったところで、その安保理こそが不公平な構造であり、NPTもまたその安保理常任理事国である核保有国にのみ一方的に都合のいい、不完全ないし不当な条約であるのが実際なのだ。いかに「悪法も法だ」とか言い張ったところで、その悪法に対抗する北の動きにはすべてに客観的に正当化され得る大義名分があり、常任理事国であり核保有国である大国や、韓国、日本を除けば、その論理はそれなりに納得できるどころか、共感すら集めかねない。
もうひとつ重要なのは、北朝鮮が対決姿勢を先鋭化させているのは直接的・表面的にはこれまでも自国を敵視して来たアメリカだが、それ以上に重要なのが中国の属国扱いからの脱却であることだ。
だからこそ中国からの圧力に期待したアメリカ(と日本)の当初の思惑は、激しい拒絶にしか遭っていない。習近平とは個人的な信頼関係も築いたトランプはそこを既に理解して、「中国は最善を尽くしている」と擁護するツイートすらしているのだが、日本外交はそこをまったく理解していないどころか、未だに冷戦時代に凝り固まった時代錯誤な思い込みに凝り固まっているように見える。
中国は中国で、その東アジア覇権国としてのプライドからして、北朝鮮が自分たちに昂然と反抗しているというのは、なかなか受け入れ難い現実でもあろう。恐らくとっくに気付いてはいても、そこを国際社会に気付かれることはなんとしても避けたいのが習近平政権の立場だ。
北朝鮮の狙いを見抜けない各国と、その誤解を利用さえする金正恩外交
父・金正日の体制下で、韓国は中国の属国・保護国的な立場となる関係を強めることで、冷戦終結後の世界で辛うじて立場を保って来た。そのあいだに、初代の金日成体制の最盛期には韓国を上回っていた国力・経済力や生活水準は、民主化を遂げた韓国に追い抜かれるどころか、今や数十倍の格差があるまで落ちぶれ、しかもその韓国は経済発展を続ける中国とも順調に関係を深めている。
金正日時代には干ばつや洪水に苦しんだりもして、なんとか中国の後ろ盾に頼って国家を存続させて来たのが、代替わりした金正恩は腐敗の一掃を掲げ、父のナンバー2であり中南海との最重要のパイプ役であった張成沢を、伯父であってもあえて粛正までして、父の治世との差異を明確にアピールして来た。日本に対しては最初は拉致問題を再度謝罪をし、再調査まで申し出ていたのがこの文脈の中のことでもあるのも、明らかだろう。
とはいえこの再調査について、北は直接には国交正常化交渉の再開は要求せず、ただ日本に自国民である在日朝鮮人の人権擁護を求めただけだった。韓国に対しては「お互いを侮辱し罵倒するのは止めよう」と呼びかけたこともあった。つまり金正恩の外交は、最初はしごくまっとうな方向性でスタートしていたのだ。
同じ「金王朝」の継承者とはいえ、金正恩はそれまでの北朝鮮と自分の政権は違うことを国内外にアピールして来たし、また実際に大きく変わってもいる点も多かったのだ。
だが敵視政策を変えないことが大前提のアメリカや日本、それに韓国はもちろん、中国でさえ、その変化の意味を理解できないか、変化をただひたすら認めたくないと抵抗して、ひたすら旧来の認識にしがみついているように見える。
そんなボタンの掛け違いに金正恩は最初は戸惑ったかもしれないが、今やそれをこれら周辺国を小馬鹿にする材料として利用すらしているのが、この核・ミサイル危機の背景文脈でもある。
ところで「拉致問題の再調査」はどうなったのか?
北朝鮮の側から見れば、大国や周辺諸国の偽善性に深い軽蔑と不信感を抱いてもやむを得ない面もある。
拉致問題再調査の申し出が典型だが、日本政府はこの提案が最初にあってから一年以上無視し続け、やっとストックホルムで交渉が始まってからも積極的な要求もなにも提起することなく、北側から再調査結果の内示が出た時点で交渉は止まったままで、あげくにミサイル演習を日本が口実にして新たな制裁を決定した時点で立ち消えになってしまった。
この再調査の申し出が一年以上も無視されていたあいだに、北朝鮮は日本人戦没者遺族の墓参受け入れも日本政府に申し出ている。日本政府はこれも無視したが、北朝鮮はねばり強く国際赤十字を通して日本赤十字社にコンタクトを取り、遺族を中国国境地帯に招待までしていた。ちなみに金正日政権なら国防上の機密を理由に、外国人の立ち入りを絶対に許さなかった地域だった。
拉致問題再調査の開始時点で、菅官房長官の政府記者会見では北が日本側で未確認だった数名の拉致被害者を見つけていて、帰国させる可能性があることが示唆されていた。水面下ですでにそういう話が出ていない限り、官房長官がそんなこと言えるわけがない。こうして新体制の北朝鮮が自国の犯罪行為を再び、さらに突っ込んだ形で認めて謝罪する姿勢への見返りとして求めたのは、拉致問題が人権侵害であることに鑑みて、日本国内の自国民である在日朝鮮人の人権を守って欲しい、ということだけだった。
ここまで北朝鮮側・金正恩政権が普通の、良心的でさえある人道外交の姿勢を見せたら、なんと無視して逃げただけなのが日本の安倍政権だったのだ。
この時の対応が違っていれば、極論すればこのミサイルと核をめぐる危機は起こっていない。金正恩は軍事費に膨大な国家予算を注ぎ込むよりも、本当に必要だった国内の産業の育成と世界中の発展途上国との関係の深化や、周辺の大国相手の関係改善に、力を注ぐこともできたはずだ。
ところが拉致被害者に国民的な関心が高いはずの日本国内で、「再調査」の問題はメディアもほとんど報道しなかった。それが核とミサイルの開発をちらつかせるだけで、アメリカも日本も韓国も、ここまでの注目を北朝鮮に対して向けざるを得なくなっている。
真面目に普通の人道的な外交をやろうとしたら適当に無視されたのが、ミサイルと核をちらつかせればどの国も北朝鮮を無視できなくなり、真剣というかほとんどヒステリックに反応し続けている。金正恩からみればこれほど滑稽でおもしろいこともあるまい。
奇妙な小国扱いで適当に無視され続け、良心的な態度に徹しても愚弄されただけだったのを、いまや完全に逆転できてしまっただけではない。人権の擁護を主張して北朝鮮の独裁を批判して来た先進国側の、たとえばアメリカの「人権外交」さえまったくの欺瞞でしかなかったことまで、よく分かってしまったのだ。
トランプ政権内の立場の違いと亀裂がかいま見える
拉致問題を国内世論喚起のプロパガンダにしか利用していないのが日本政府だが、アメリカも数人の自国民が北朝鮮にスパイ等の容疑で拘束されている。
その1人だった大学生オットー・ワームビアが瀕死の昏睡状態で送り返され、帰国後まもなく亡くなったのは、あえてアメリカ側を有利な立場に立たせることで対話を始めようという北側のジェスチャーだったし(そのまま返さずに死亡だけ通告していれば、はるかに小さな話で終わった)、トランプ側でもそこを理解したのだろう、この青年の家族の宗教を理由に、あえて解剖して死因を明らかにしたりはしなかった(「北朝鮮に殺された」と主張できるカードはあえて使わなかった)。
アメリカはこの若者の死を理由に北朝鮮を非難しつつ、そこで他の自国民の保護と返還も要求すべく、自国民救出を大義名分としての特使の派遣や、極端な話トランプ大統領自身の平壌電撃訪問もあり得たし、トランプはトランプで政府ルートではなく自分の私的な人脈で、親交があるバスケットボールのスター選手デニス・ロッドマンにこの時期に北朝鮮を訪問させている(金正恩はスイスで学んでいた少年時代に、バスケット選手だった)。
だがこの直後に不可解なことがアメリカ政府内部で起こっている。火星12型のミサイル演習について国防総省とCIAが即座に「中距離弾道弾」との見立てを公表した(つまりアメリカにとって直接の脅威ではない)のが、国務省が一方的にICBM、大陸間弾道弾だったと断言したのだ。
この6月頃にホワイトハウスでなにがあったのかは機密のヴェールの内だが、合理的に推測できることとして、絶対に軍事オプションは使えないという立場の国防総省とマティス長官の進言も考慮したトランプが、対話というか直談判に動こうとしたのを、国務省が止めたのではないか、という解釈は成り立つだろう。
いずれにせよ結果としてはっきりしたのは、アメリカ政府が数名の自国民の人権と生命よりも対決姿勢を優先したことだ。ちなみに日本政府も口先だけで、拉致被害者の「救出」について実際に動いたことはなにもないどころか、水面下の日朝交渉では再調査とセットになっていたはずの数名の新発見の被害者を、見殺しにし続けている。2002年の平壌宣言の時点では拉致とミサイルと核開発をワンセットでこれから交渉を進めようと双方が確認したはずだったのだが。
国務省からすれば、外交の慣例や常識をまったく踏まえず、不動産などの事業で成功して来た我流のディールを押し通すトランプに直談判なんてされたら大変だとも考えているだろう。
金正恩との直接交渉の最終的な落としどころとしては、いったん北を核保有国として認めた上で米朝双方が核軍縮を協議するという以外に現実的にはまずあり得ないし、その「核保有国として認める」というカードこそがトランプのディールにおいて切り札になるのは十分に考えられる(というか、他に切れるカードがない)。だがそれでは、これまでのアメリカの核兵器についての公式の外交上の立場を根底から覆すことになってしまって国務省にとっては青天の霹靂だし、同盟国、とりわけ日本と韓国からの不満も噴出するだろう。またそうした事態に対応することは、幹部人事がほとんど空席のままの国務省にとってはほぼ不可能だ。
韓国では極右がおおっぴらに核軍備を主張し始めているし、日本でも自民右派を中心に核武装を願望する政治家が少なくないのは、国内でこそ語られないものの国際社会の安全保障分野ではいわば公然の秘密のようにみなされ、原子力発電で大量プルトニウム備蓄があることにも常に疑いの目を向けられている(実現性がまったくない核サイクルにこだわってきた真の動機も、核武装のためプルトニウムを備蓄する言い訳に過ぎないと思われている)。北朝鮮を核保有国として認めれば、そうした日韓の核武装を止める大義名分がアメリカにもなくなり、NPTは完全に崩壊する。西太平洋・北東アジア地域の安定も極端に害し、アメリカの経済権益(つまり国益)は深刻に損なわれ、なによりもこの地域における政治的プレゼンスの権威性が大きく制約されることになる。
一方でオバマ政権前半までの国務省東アジア課に連なる人脈(たとえば安倍がえらく私淑しているリチャード・アーミテージ)などにしてみれば、北朝鮮をめぐる危機は悪いことばかりではない。
こうして危機が喧伝される状態を延々と持続させ、対話や交渉に入らないままであれば、北朝鮮にとっては核とミサイルの技術開発の時間稼ぎにもなるが、アメリカから見れば北を核保有国と認めない限り日韓ともに自国の核武装をおおっぴらには主張できないし、逆にTHAADの受け入れを韓国政府に認めさせたり、自国製のえらく高価な防衛装備品を日本に買わせることもできるのだ。現に日本政府はすでに、陸上型イージス・システムの導入を予算化している。
事態は今や、最大の危機を乗り越えた北朝鮮ペース
「事態が北朝鮮ペースなのは我慢ならない」もなにも、相手国の現状やその政権の立場、狙いを理解し計算に入れないことには、どんな大国でも自国のペースで外交を進めることはできない。
外交は常に内政における人気取りに大きく左右されるとは言っても、国内の政争のために根本的にねじ曲げてしまえば思わぬしっぺ返しに苦慮することになるし、相手国にそんな偽善の下心を見抜かれているようでは、それこそ面白いように振り回されるだけだ。北朝鮮をめぐる周辺国は、今やそんな状態に追い込まれている。とりわけ日本はひどい。
金正恩の祖父の代はソ連、父の代は中国を後ろ盾にして来たのが北朝鮮であり、一方の韓国は、北から見れば今もまだアメリカの属国で、かつ日本の子分のようにも振る舞い続けている(冷戦下・軍事政権時代にはもっと露骨で、戦争責任の追及すら日本の右派に遠慮していたのが韓国の軍事政権だった)。
それに対し金正恩の新しい北朝鮮は、自国がどこにも隷属しない独立国であることを強調し、あえて北京訪問の意志はまったく示さず、モスクワにも行っていないし、安保理決議に拒否権を行使しなかったことではロシアまで含めてアメリカに隷属しているとあげつらってみせて来た。このような状態が続けば、中国では中南海の権威が北朝鮮のような(蔑視されて来た)小国に翻弄されていることがあからさまになりかねない。そうなれば国内の不満もおおっぴらに口にされ始めるし、とりわけ香港の民主派の動きや、チベット自治区や新疆ウイグル自治区でくすぶり続ける少数民族問題にも飛び火しかねない。
だいたい常任理事五大国が全員賛成して最強の、ほとんど経済封鎖同然の、国民も巻き込んだ兵糧攻めに近い制裁決議を通過させたところで、北がまたもやこれみよがしに長距離弾道ミサイルでも発射すれば、五大国の意のままになってきた安保理の権威そのものが崩壊してしまう。
ロシアにしても、そのミサイルの着弾目標が今度はウラジオストク沖30kmのギリギリ領海外なんてことだって、今の北朝鮮ならやりかねないし、ギリギリ領海外であれば自衛権の発動は国際法上許されない。ならばロシアとしては最初から北朝鮮を刺激せず、反発する契機を与えない方がよほど賢明なのだ。
もっとも、日本が妙に期待した「最強の制裁」案を出した当のアメリカも、その辺りは織り込み済みだったようで、採択に至ったときには内容はずいぶん変化していた。
大幅に譲歩した内容であっても、制裁決議をなんとか安保理を通過させることで、国連の(というか、五大国と日韓の)結束は一応アピールはできる。最終的にはそこに落ち着いたわけだが、この「結束」アピールにはどこまで意味があるのだろうか? 一皮むけば、まったくなす術がないことを自白してしまっているのが最新の制裁決議であり、その実効性も(つまりこの議論に参加しなかった加盟国がどれだけ従うかどうかも)、かなり疑わしいままだ。
9月の国連総会ではアメリカと日本の強硬姿勢とまったく動じない北朝鮮側の態度がばかりが際立ってしまい、むしろ日米両国の方でもその孤立が強まったようにすら見えて来ている。金正恩を「チビのロケットマン」と呼びたがるトランプにはアメリカ国内からも冷ややかな目が大勢で、最初からそのトランプへの追従しか言わないだろうと思われた安倍首相に至っては出席すらしない国がほとんどの空席だらけの総会会議場になり、つまりまったく無視されていた。
いずれにせよ日本政府になにかできるわけでもないし、そもそも米朝の対立であって日本は当事国ではないのに、かくも米国の属国よろしくそことの一体化を志すかのような日本政府のこの騒ぎっぷりは、客観的・第三者的には不可解にしか見えまい。安倍本人は理論上は北朝鮮と「休戦状態」にあるだけの韓国の在文寅から、わざわざ「日本国民の危機感に同情はする」と慇懃無礼に持って回った上から目線の皮肉すら言われてしまった。
今後の鍵となるのは、11月のトランプのアジア歴訪
一方で北朝鮮外務省の米州課長がモスクワに飛び、相前後してティラーソン米国務長官が北京で中国外務省と交渉に入った辺りから、目に見えてこの米朝対立の危機を終息させようとする動きがワシントンDC=北京=モスクワ=平壌ルートで始まっているとみなしてよさそうだ。なにしろ相前後して、トランプ大統領による初のアジア歴訪が正式に決まっている。
国連総会でトランプが見せた強硬ポーズはアメリカ国内の支持をまったく得られなかったし、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプの支持層は元からアメリカが「世界の警察官」として振る舞うことには反対で、つまり国際問題にアメリカ政府が関わることを好まない傾向が強く、まして金正恩との挑発合戦の結果万が一にも軍事力行使に至ってしまうような事態にはまったく賛成しないだろう。内政的にもハリケーンに大規模な山火事など天然災害が相次いだり、国内の分断が深刻化して白人至上主義団体と大統領の微妙な距離感が問われたり、警察が人種差別と非難され、そのスキャンダルの渦中に大統領自身が置かれたり、銃乱射大量殺人事件で銃規制の賛否両論がまたも国論を二分したりするなか(トランプ支持層には強硬な銃所持派が多い)、アメリカは今新たな戦争を始められる状況にはないのだ。
そもそも多くのアメリカ人にとって、北朝鮮それ自体にはそこまで関心もなく、核疑惑で難癖をつけ非難するならまだイスラム教国のイランの方がピンと来るくらいで、かなり唐突にイランの核合意の放棄という話を出したわけだが、これによって北朝鮮については沈静化を謀っているようにも思える。
強硬姿勢が国内世論的にも国際的にもまったく空回りしてしまっている今、北朝鮮についてトランプに残された道というか、本人にしてみれば最初からそれが目標であったのは、オバマ政権が解決できず放置した問題を、自分が平和裏に解決したのだとアピールすることだろう。
アジア歴訪までに終息の目処をつけてそれを各国首脳との会談で確認するのか、それとも水面下でことを進めて歴訪の時点でサプライズとして解決を見せつけるのか、トランプの性格からすれば恐らく後者ではないか。
恐らくはそのサプライズの効果を高めたい計算があって、散発的に思わせぶりな強硬発言を発信してみたり、メディアに手の内を悟られないためにティラーソン国務長官と不仲にも見えるような演出をやってみたりしているのだろうが、どっちにしろこの危機は、どこかの段階でなんらかの形で北朝鮮とある種の合意に達するという以外に、アメリカにとっては解決しようがないのは最初から分かり切っていたことだ。
なのに日本の安倍政権だけは、どうもそこが分かっていないらしく、トランプのいう「あらゆる選択肢」とか「見ていればわかる」的な思わせぶりに、懸命に武力行使への期待をつないでいる。
大義名分が成り立つようにふるまい続ける北朝鮮と、普遍的な大義名分を省みもしない日本
日本政府の外交も日本のメディアも、北朝鮮を考える上で見落としていることがある。
元々、中国にせよ北朝鮮にせよ、東アジアのいわゆる社会主義国家は大仰なまでの歴史的・普遍的な大義名分にこだわる傾向があり、中国などはその建前と本音の使い分けが(もしかしたら近代中国以前に、中華帝国の時代からの)一種の文化・伝統の至芸になっているほどだが、こと金正恩の北朝鮮は普遍性のある大義名分があることしか、外交的には主張して来ていない。逆に金正恩暗殺のような正当化がまったく不可能なことは、知らぬ存ぜぬ、言いがかりだ、陰謀だ、と無視を決め込むだけだ。
逆に北の核武装を非難しようとする側には、もともと大義名分・正当性としては誰もが公平に考えれば疑問を持つ、大国の身勝手の恣意的な欺瞞にしか見えないNPTぐらいしか拠り所がない。しかも日本の場合はインドへの核技術供与を言い出し、自らがNPTを尊重しない立場まで示してしまっている。
北の核武装が自国の防衛上の脅威だというのなら、日本が頼る「核の傘」つまりアメリカの巨大核武装がいつでも北朝鮮規模の小国なら瞬時に全滅させられるだけの巨大な脅威である以上、「どっちもどっち」論にしかならない。しかも北があくまでアメリカが核戦争を仕掛けて来た際の自衛目的だと明言しているのも含め(また自ら戦争を始めたら即座に全滅させられるのも現実だ)、北は事実上の核の先制不使用宣言をしているのに等しい。
ちなみにたとえば中国も核の先制不使用を宣言しているのに対し、アメリカは核廃絶を理想として掲げたオバマ政権でさえ、この宣言をしていない(しかも日本政府が非公式にはこの先制不使用宣言に反対し続けている)。
北朝鮮の現体制を問題にするにしても、確かに独裁の全体主義体制で近現代の民主主義の観点からは批判はできるはずだし、トランプは日本政府の働きかけに対するリップサービスもあって日本人の拉致問題まで言及してくれたが、体制の選択それ自体は各国の民族自決権だ。それに今のアメリカや日本が民主主義と法の支配を主張しようにも、トランプ政権にしても安倍政権にしても、その手法が乱暴かつ非民主的で、排外主義的な全体主義を志向していることでそれぞれの国内から激しい非難が出ているというのに、これでは説得力がなさ過ぎる。
北朝鮮が金正恩自身の署名した声明でトランプの「ロケットマン」演説に反撃した時、日本のメディアはいかにも攻撃的で非礼な内容だという感じで報じていたが、なんのことはない。すべてアメリカ国内ですでにメディアや他の政治家や知識人層から出ているトランプ批判そっくりそのままなのだ。
大真面目なプロパガンダを一見装いながら、金正恩のブラックユーモアのセンスも相当なものではある。
先進国の価値観を押し付けても、金正恩を利するだけ
水爆実験に成功したと発表すると同時に、北朝鮮は米本土に電磁パルス攻撃を仕掛けることも可能だと言い出している。これは水爆を大量殺傷目的で地表付近で爆発させるのではなく、高熱でも爆風でも放射能でも直接には誰も死なないほど地表から離れた、たとえば成層圏より上で爆発させて、強力な電磁波だけが地表に降り注ぐという使い方だ。
この新たな脅しカードが巧妙なのは、まず電磁パルス攻撃なら弾頭は標的地点の成層圏外まで到達すればよく、大気圏への再突入技術は必要ない。この技術が北朝鮮の場合はまだ未完成ではないかとも推測されているわけで、「電磁パルス攻撃」とは一見より複雑で高度な新たな攻撃のように聞こえるが、実際にはより簡単で、今でも実行可能なのだ。
日本のメディアはいかにも、またも北朝鮮が恐ろしい、非人道的なことを言っているかのように報道し、電磁パルス攻撃の怖さを喧伝しようと躍起になっていたが、実際には強力な電磁波が降り注ぐ範囲内では電気機器や電子機器がショートして使い物にならなくなる、という効果しかない。もちろんアメリカや日本のような最先端の高度先進国で電化され電子化されたインフラに人々の生活が依存している環境では、この一斉停電とコンピューター等がすべて使用不能になる現象の被害は計り知れないほど甚大だになり、アメリカでは数百万規模の死者が出るとの推計もあるという。
だが一方で、世界には電気も水道もない生活をしている人々もまだまだいるし、日本レベルで電力が安定供給されて高度な電子化社会が完成された国の方こそむしろ少数なのだ。
停電と電子機器の停止だけで数百万の死者が予想される社会とは、言い換えればそれだけ世界のエネルギー消費のかなりの部分を優先的に、ごく一部の国だけで独占していることでもある。そうした先進大国の豊かさが、発展途上国や貧しい国々の資源や労働力を搾取することで成立しているのもまた、現代世界の現実なのだ。
そんな自分達以外の現実にあまりに無神経で無頓着なままに出て来た、「石器時代に戻る」という形容に至っては、まずあまりに大げさ過ぎる。先進国でさえそのような電気に依存した社会が成立してからまだ100年経ったかどうかだし、電子機器に至ってはほんの30年とかせいぜい50年だ。にも関わらず「石器時代」と形容する態度には、こうした豊かさを享受できない貧しい国々の貧しい層への、先進国側の無自覚な差別意識すらかいま見えてしまう。
東日本大震災では、日本が世界中から同情を集めると同時に、被災地の、被災者たちの振る舞いが賞賛も集めたのだが、同じ時期に東京では東京電力が発表した計画停電に怒りと恐怖が渦巻いていたと知られたら、日本人への賞賛はあっというまに消えただろう。震災当日に電車が止まり多くの人が徒歩で帰宅したのは確かに大変だったが、だからと言って東京やその近郊では自分達も被災者だと言わんばかりの言説が目立ったり、東京でガソリンや飲料水などの買い占めが起こっていたことが世界で報道されていたら、少なからず単に…呆れられただけだったろう。
停電や、近代的な交通網が麻痺するだけでも「大変でしたね」という程度の同情なら買うが、被災地で津波で命を奪われ、家や町が破壊され、家族を失い、生活を奪われたことなどと、そもそも比較できることではない。原発だけではなく関東北部から東北の太平洋岸に多数あった火力発電所が津波で停止していたのだから贅沢は言えないはずなのに、首都圏住人が計画停電に怒ったところで、放射能汚染や避難命令で故郷を奪われた福島浜通りと飯舘村などの中通りの一部と同じような同情が湧き起こるわけもない。停電は東京のような高度先進国の大都市にとっては大変なことでも、発展途上国では日常茶飯事でしかないし、それで膨大な死者が出ているわけでもないのだ。
北朝鮮が「電磁パルス攻撃」をわざわざ言ったのも、国際的な標準でいえばこれと同じような意味にこそ、むしろ受け止められる。誰も直接には殺されないのなら、通常爆弾の使用よりももっと人道的な戦争のやり方だとみなす方が一般的で、広島と長崎の住民が原爆によって受けたあまりに非人道的な仕打ちと同列に扱って糾弾できるようなことではおよそない。
この例をひとつとっても、アメリカや日本が北朝鮮の脅威に対し世界が味方してくれるはずだとか、国際的な連携で、と本気で考えているとしたら、それはあまりにも考えが甘いというかひどく自己満足的で、自分達と同じ立場の人間しか見えていない身勝手な自己中心主義になってしまうだろう。
韓国が世界食糧基金と国連児童基金(UNICEF)から要請された援助を決定したり、平昌冬期オリンピックに南北合同チームで参加するよう呼びかけていることが、日本では「制裁破りだ」「国際社会の結束を乱す」などと非難されがちだが、こんなのは客観的に、国際標準で見れば、在文寅こそが正しく振る舞っていて、安倍晋三はおかしい、という話にしかならないだろう。
真に朝鮮半島の非核化と国際秩序を望むなら、日本の立場でできること
日本の外交の目論みが外れ失敗を繰り返す大きな理由のひとつは、軍事力がないから外交で強く出られないのだなどと思い込むことこそが自分達に甘過ぎるいわば「平和ボケ」でしかなく、大義名分や建前だけでも正義にこだわる重要性が分かっていないところにある。
外交・国際政治は、理念や論理の正当性でこそ勝負が左右されるのに、日本外交はたとえば領土問題ひとつをとっても主張の客観性と一貫性に欠け、しばしばひどい二枚舌で、正当性や信頼性をまるで確保できていない。
国家が説得力のある正義を主張することは外交における最大の武器のひとつであり、建前だけだとしても国際政治において「大義は後からついて来る」は通用しないのだ。しかも対北朝鮮外交において、日本はそういう「大義」の意味で本来なら(語弊を恐れぬ乱暴な言い方をあえて使うならば)最強のカードを持っているはずなのに、どちらもおよそ使いこなせていない。
ひとつは拉致問題だ。国家による一般市民の誘拐などと言うのはどんな国からも非難される重大犯罪だが、それはあくまで被害者個々人の人権が著しく侵害されたからであって、それを国や政府が官房副長官(安倍・当時)が国家の主権が侵害されたと言い張ってしまっては、とたんに国際的な支持は消えてしまう。平壌宣言と金正日政権の謝罪から15年経っても、この問題に解決の兆しがまったく見えない大きな原因は、この日本側の一見ヒステリックで、その実これを歴史問題をうやむやにして自国内の人種差別を正当化する言い訳に利用しようとして来た態度にある。
5人の生存被害者が当初は一時帰国という予定だったのが、本人たちや家族の意志で北には帰らないというのであれば人権の問題だったはずが、国が返さないと言い出してしまえば、人権つまり個々人の自由意志の尊重という観点では、拉致とあまり変わらなくなってしまう。自国民が拉致されていたり殺されていたことに国内世論で怒りが渦巻くのであれば国際社会にも確実に理解されるが、それが在日朝鮮人への差別や敵意にすり替わって、北朝鮮とのあいだでは未解決のままの過去の植民地支配や戦争責任、それに伴う人権侵害の清算がうやむやになってしまえば途端にそっぽを向かれ、外交カードとしてはまったく使えなくなる。まして北朝鮮が拉致を国家犯罪と認めて謝罪している(そして金正恩が権力を継承した時点で再度謝罪している)以上、同盟国であるアメリカや、同じように拉致被害が実はある韓国でさえ日本に味方する大義名分がなくなってしまい、日朝二国間で解決するしかなくなってしまったのだ。
3万人の朝鮮人被爆者を持ち出せば、北の核武装は正当化できない
もうひとつは言うまでもなく、日本がヒロシマ・ナガサキという歴史を持った唯一の戦争核被爆国であることだ。だから日本としてはこれ以上世界に核兵器が増えることは許せないと、それが建前に過ぎないとしても言い続ければ、まだ北朝鮮の核開発に反対する一定の説得力を持つ。
だがこれも、その日本自身が「アメリカの核の傘」を公言して核兵器禁止条約をサボタージュしてしまえばなんの窃盗力も持たないどころか、失望のあまり怒りと不信すら向けられてしまうことにしかならない。核兵器禁止条約に参加しない理由のひとつとして日本政府は北朝鮮を挙げたが、これではまったく話が逆だ。
広島の原爆被爆者のうち死亡者だけでも、3万人の朝鮮民族出身者(戦後は在日朝鮮韓国人となるが、当時は法的には日本国民)の氏名が確認されていて、平和記念公園の慰霊碑に収められた名簿に記載されている。つまり国・領域としては日本が唯一の戦争被爆国だが、民族としては朝鮮民族も戦争被曝民族であり、つまりはその国民国家である北朝鮮もまた戦争被爆国であると言えるのだ。
自分たちと同じ民族、過去の同朋もまた原爆の犠牲になっていた、その死と苦しみを思うとき、核武装を目指そうなどというのは道徳的に誤っている、朝鮮民族の国家として北朝鮮にも核廃絶のために努力する義務があるはずだ、と日本政府が主張して核実験を非難するなら、したたかで狡猾な金正恩政権と言えども簡単に反論はできないだろう。
こうして堂々と大義名分を主張して(実際には日米安保があって「核の傘」があるとしても、そんなことはおくびにも出さなければ、それである程度は通用するのが外交の世界でもある)核兵器禁止条約に今からでも参加すれば、日本政府はまだまだ北朝鮮を強く牽制することはできるのだ。
さらにそこで拉致問題も持ち出し、高齢化の進む被害者家族の苦しい思いと共に厳密な再調査の再開と、死亡した被害者についてしかるべき謝罪と償いを含めた真摯な対応を要求して交渉に持ちかけてこそ、安倍が言うように「北朝鮮自身に政策を変えさせる」ことにつながる糸口にもなり得る。
コメントを残す