大方の予測に反してドナルド・トランプがアメリカ大統領に選出されると即座にニューヨークでそのトランプに会い、ロシアのプーチン大統領を地元の山口県長門市に招き、その10日後にはハワイを訪問してオバマ大統領と真珠湾を訪問、昨年暮れの安倍外交はまことに多忙を極めていたが、今度は新年早々、日韓関係の思わぬ悪化が懸念されている。
大使・領事の召還までちらつかせる日本の強硬姿勢はしかし、民間団体の設置した慰安婦像を問題にしているのに、なぜか韓国政府(それも大統領が職務停止中、つまり交渉相手が事実上いない)に経済協力の一方的な中断の脅しまでかけるというちぐはぐで不可解なものだ。
「慰安婦像」問題は日本国内でしか通用しない茶番
そもそも立憲民主主義の韓国の政府には、外国の圧力や合意を理由に民間の表現の自由を侵害する権限など最初からあろうはずもないのに、安倍はいったいなにがやりたいのだろう?まず日韓合意には、慰安婦像を韓国政府が直接に撤去したり禁止する約束はまったく書かれていない。
まず安倍政権は「不可逆」かつ「最終的」とされた1年前の慰安婦問題をめぐる日韓合意に韓国の国民が違反しているのはけしからん、という珍妙な主張を装っているが、これは元から安倍政権と朴槿恵政権間の合意でしかない。双方の議会の承認と批准を経たわけでもないのでは、国内の一般市民や民間団体になんの直接の拘束力も持たない。たとえば日本が人種差別撤廃条約を批准している以上、官憲が「在特会」の「反韓デモ」と称するヘイトスピーチや暴言、営業妨害行為に道路使用許可を出すことが法論理上は条約違反に該当するのとは、「国と国の約束」と言っても次元がまったく異なる。
だいたい、朴槿恵が事実上失脚した今になって再燃させた対決姿勢では、外交的に引き出せるものなぞまずない。まさかとは思うが次期政権への牽制のつもりだとしたら、かえって反発を煽るだけだし、客観的には安倍政権の言いがかりこそが「最終的」だったはずの日韓合意を反故にしようとするものだとみなされても当然だ。
そもそも、日韓合意で慰安婦像について合意されたのは、韓国政府にとっても日本の感情にも配慮することはやぶさかでもなく、大使館前に慰安婦像を設置した団体に、日本にも配慮してくれるよう頼んでみることだけだ。国際政治的にも客観的にも、日本の主張には「日韓合意の精神」という強引な独自解釈以外になんの正当性もなく、この春にも予想される韓国大統領選挙で新大統領が就任したとたんに、この合意が公式に破棄されることも避けられそうにない。
韓国は大統領が職務停止中、交渉相手もいないのに強気外交?
大使の一時帰国まで強行しながら、外交的な落とし所をまったく考えていなさそうな姿勢には、どんな動機や狙いがあるのだろう?安倍が自ら結んだ日韓合意を今度は反故にしたいだけだとしても、朴槿恵が職務停止中では交渉相手すらいない。韓国の暫定政権はもはや完全に呆れて「日本が釜山の慰安婦像を設置した学生と直接交渉すればいいだろう」というような声まで漏れ聴こえる。
純粋に国内世論を欺くだけのスタント以外には考えられないのだが、慰安婦問題を再燃させ、そんなことに利用する態度こそが「最終的」で「不可逆的」に決着したはずの「日韓合意の精神」に反している。報道では10億円の拠出ばかりが注目されたが、合意の第一は日本が改めて慰安婦問題についての責任を認め、真摯な反省と被害者へのお詫びを表明することのはずだ。
しかしこれがまったく無益な国内向けスタントでしかなく、約束を破っているのはむしろ日本側になることを、日本のメディアが指摘できないように状況を作っているところだけは、安倍政権というのは(トランプが選挙期間中にkillerと評したように)まこと、変なところで悪知恵だけは働く。政権を忖度し過ぎた偏向に自らが雁字搦めになってしまっていては、報道ももはや安倍政権が作った見え透いたフィクションの枠内でしか、今の事態を報道できなくなっているのだ。
逆に言えば、今になって当たり前の客観報道をやろうとしたら、一年前の自分達の報道があまりに偏向していて事実上の誤報であったことを、まず認めざるを得なくなる。これでは報道機関の沽券に関わるし、だからマスコミも問題の本質から逃げ続け、誤摩化しを続けるしかないのだろうが、これが安倍政権にとってはまことに好都合に働く。
一年前の合意成立時にも、日本の報道はこの合意が見るからに二枚舌のまやかしだと分かっていながら批判しなかったし、慰安婦像をめぐる言及に至っては文言もまったくの空約束の努力義務に過ぎず、安倍の顔を立てるためだけに入っている形だけの条項でしかないことも指摘しなかった。
ぶっちゃけ、ひとつくらいは日本側の意見が通った形にしなければあまりに安倍の立場がないから空約束を入れた、というだけだったこの条項が誤解されがちなのは、日本での報道が最初から偏向していたからだ。そもそも、なぜ唐突な日韓合意に至ったのかの分かり切った経緯すら、安倍政権におもねて国民から隠し続けたのが日本の大手メディアだった。
「日韓合意」をめぐる日本側の誤解(というか安倍政権の世論操作)
改めて確認しておくが、釜山の新たな慰安婦像設置どころか、ソウルの日本大使館前の慰安婦像ですら、撤去なぞまったく合意されていなかったし、立憲民主主義の韓国憲法はそんな権限を政府に認めていないのだから、そもそも法論理上あり得ない。
それどころか、慰安婦像はこの合意の焦点でも論点でもまったくなかったのが実際だ。一昨年暮れの日韓合意がなぜ唐突に出て来たのかと言えば、安倍政権が慰安婦問題について言を左右して日本の責任を誤摩化し続けることが出来なくなったからだ。
はっきり言ってしまえば、この合意も10億円の拠出も、本来ならまったく不要だった。
慰安婦問題の外交的な決着ならば河野談話で済んでいるはずで、日本軍が「慰安婦」と称した強制売春の性奴隷制度についての日本政府の責任と謝罪も確定しているのに、その謝罪表明が外交上の建前の妥協に過ぎないかのように国内的には吹聴する、「本音と建前の使い分け」と呼ぶにはあまりに稚拙な二枚舌を続けた結果が、今の事態なのだ。
第二次安倍政権に至っては「河野談話の再検証」までやらかした結果、かえって河野談話がまったく正当な、当時の日本政府が自主的な判断で主体的に出した談話だったこと、韓国政府は助言や協力を求められただけで、むしろ不当と言っていい圧力で文言が変わったのは日本国内の自民党右派の抵抗によるものだったことまで、明らかになってしまった。
それでも安倍政権は慰安婦問題について曖昧な態度を取り続けて来た。2015年にアメリカ議会に招かれ両院総会で演説したときには、元慰安婦の被害当事者が傍聴していたのになにも触れなかったことが、アメリカの政界やメディアで非難の的になり、とくに日本の政界が「親日的」とみなす共和党から厳しい批判が出て来ていた。
日本の偏向した報道では未だに真珠湾のだまし討ちがアメリカ世論の反発を招きかねないかのように語られがちだが、現代のアメリカでも南京大虐殺や慰安婦問題の方がよほど日本の戦争責任が問われる人道犯罪であり、安倍政権の歴史修正主義的な傾向は一貫して批判と強い警戒の対象だった。
オバマの広島訪問でも、原爆投下の謝罪がなかったのは、慰安婦問題でも南京大虐殺でも責任や謝罪を曖昧にし続ける安倍首相が相手では謝罪するわけには行かないというのが、実際のホワイトハウス内での議論だった。
慰安婦問題での謝罪を目立たせないための10億円
2015年の前半には、安倍は8月に出す「戦後70年談話」で河野談話や村山談話、戦後60年の小泉談話を覆そうと躍起になっていた。しかし自ら集めた有識者会議の提言には逆らえず、「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた」と慰安婦を意味する言及も含めざるを得なくなったものの、無駄なあがきで「慰安婦」とは直接言わなかったので、国会答弁で確認を求められると、とたんに言を左右して答えられないまま逃げてしまった。
日韓合意はこうした安倍首相個人の不誠実な態度が原因で結ばざるを得なくなったのが実際の展開で、アメリカ政府(オバマ政権)の水面下の強い圧力もあった。過去の歴史をめぐる倫理的な問題だけでなく、北朝鮮の核開発が現実的なリスクとして急浮上する中で、日韓関係の悪化はアメリカにとって無視できないリスク要因になっていたのだ。
一方の韓国側は、過去の植民地支配について様々な未解決の歴史的な問題があるにも関わらず、朴槿恵大統領は「慰安婦問題以外は解決済み」、つまりは国家としては今さらなにも日本には求めないが、組織的な性的虐待の被害者個々人だけは無視しないでほしい、という妥協と配慮をにじませた態度を、光復節(8月15日、独立記念日)の演説で明確にしていた。
つまり同日に出された安倍の戦後70年談話で言及された「女性たち」が、日本軍の慰安婦制度の被害者・犠牲者のことだと安倍が確認さえすれば、日韓の対立は解消されていたはずなのに、安倍がそこから逃げ続けていただけなのだ。
対北朝鮮を持ち出されればオバマ政権に逆うこともできず、追いつめられた安倍は、それでも慰安婦問題での謝罪を国内で大きく報じられては支持層を失望させてしまうので、1億円の拠出(当初報道)で朴槿恵政権に泣きつき、朴槿恵が日本が当初申し出た1億を10億にまで釣り上げて妥結したのが、この日韓合意の実際の経緯だった。
日本のメディアはまったく触れていなかったが、朴槿恵の側でもこの合意に乗る事情があった。父の朴正煕大統領は戦時中は日本の植民地支配に協力した元軍人で、慰安婦制度の運用に携わった疑惑もある。慰安婦についての歴史学的検証が進むことはこの父・朴正煕の功罪という、政権の最大の強みと同時にアキレス腱に触れることになりかねなかったのだ。
それに日本側が常に逃げ場にしている戦後賠償に関する日韓協約も朴正煕が締結したものだ。本来なら元日本兵の韓国国民には権利がある恩給や、徴用工(強制労働)の未払い給金の踏み倒しを許す代わりに、多額の経済援助を得たことが、朴正煕が今でも評価される奇跡の経済成長の裏にはあった(日本で言われるほどその金の役割が大きかったわけではないが)。
朴槿恵にとってもこうした父の代の歴史的な責任の調査研究が進むよりは、なるべくうやむやかつ形式的に済まして、国民に向かっては日本からの1億を10億にまでつり上げ屈服させたと言えた方が、都合が良かったのだ。
これがそもそもアメリカが裏で動いて結ばせたものだからこそ、安倍政権では交渉中に、米国務省に「決着宣言」を出すように要請までしている。もちろん日韓関係は建前としてはあくまで二つの主権国家どうしのことで、第三国であるアメリカがみだりに口を出してはいけないので、国務省はこの要請をあっさり断っていた。合意の発表を受けて米国務省報道官や国連の潘基文事務総長(当時)が歓迎する声明を出したのも、双方の主権国家を尊重したリップサービスでしかない。
合意違反はむしろ日本側
客観的にはあまりに分かりやすい事実関係の推移を、しかし日本のメディアはまったく報じようとせず、ニュースやワイドショーに登場する「識者」たちも政権に気兼ねしてなにも言わなかった。
実際の慰安婦像についての合意は先述の通りの空約束、日本政府が気にしているようなので韓国政府も一応は配慮して、日韓関係の重要性と和解の精神で関係団体を説得してみる、というだけで、すでにその提案は慰安婦像を設置した団体に拒絶され、韓国政府の義務は履行されている。
それこそが「最終的な解決」だったはずなのに、大使と領事を帰国させ、経済協力関係を停止するという脅しで韓国政府を言いなりにさせようとする安倍外交にはなんの正当性もないどころか、むしろこちらの方こそが合意違反だ。日韓合意の第一は、日本政府が改めて慰安婦問題における自らの責任を確認し、反省と被害者に対する真摯なおわびを表明することだったはずで、それが安倍政権によって果たされているとは誰も思わないし、交渉の中で出て来た、安倍の名前で被害者におわびの手紙を出す、といった話も完全に立ち消えになっている。
自らが第一の合意項目を無視しておいて10億出したはずもなにもないし、そもそもこの合意は10億を出す代わりに慰安婦像を撤去するというものではなく、むろん韓国国内で慰安婦問題を論ずることを禁ずるような権限もない。
一方で「不可逆的」な合意で日本の責任が確認されている以上は、日本側には当然ながら、安倍内閣や政府与党、その支持層の一部から相変わらず「慰安婦は朝日の捏造」というようなまったく事実に反する捏造デマを放置しない義務は派生する。国家・政府に事実や真実がなにかを恣意的に決める権限はないが、国家間の約束でも確認された事実・史実に反する虚偽は糾すべきなのが、国家の道義的な責任のはずだ。
なにも取り締まれとか禁止とかそういう話ではなく、自らの政権内部にそのような主張をする閣僚がいれば更迭は免れられず、与党議員なら撤回しなければ離党勧告くらいはやらなければならないし、一般支持層に対しても、そうしたデマがまったくのデマであることを明言する責任くらいは、「合意の精神」からして安倍政権にはあるはずなのだが。
国内向けのスタントに外交を利用するPOST TRUTHのポピュリズム
なのにどうも日本の世論では慰安婦像の撤去のために10億円払ったのだと言わんばかりの誤解がまかり通っている。慰安婦像の件がまったくの形だけの、いわば「空約束」に過ぎないことくらいはさすがに報道せざるを得なかったのに、なぜそんな空約束がわざわざ入っているのかの分かり切った理由にも、やはり言及は避けられた。
もちろんこんなものは安倍政権のメンツを潰さないための朴槿恵の配慮に過ぎない。なにかひとつくらい日本側の要求が通ったかのように見せなければ、要するに安倍が慰安婦問題での謝罪を限りなく曖昧に済ませるために1億円を差し出そうとして、足下を見られて10億に釣り上げられただけなのがこの合意だったことが、あまりにあからさまになってしまう。これではあまりにも安倍の立場がなく、政権の存続すら危うい。
なにしろ繰り返すが、この合意自体が本来ならまったく不要なものだったし、まして10億円もの血税が日本政府の権限で慰安婦制度の被害者のために直接使われるのならともかく、単に韓国政府にくれてやるだけとは、日本の国民に対してもまったく不道徳な裏切りでしかない。
河野談話には日本政府による直接の賠償ではなくアジア女性基金を通した償い金という曖昧な形式に不満はあったものの、この時点で本来なら文字通り「不可逆」的に決着していたはずで、日本の政界であたかもこの謝罪が無効であるかのような言説が延々と繰り返されることさえなければ、あとは歴史的事実として記憶し、史実の調査研究を続けることを奨励するだけで、外交問題になぞなるはずもなかったのだ。
2016年の度重なる安倍外交の失敗
それに今回の大使召還騒動の動機がどこにあるのかも分かり切っているのに、日本のメディアではまったく触れようとしない。
プーチン大統領をわざわざ山口県にまで招いた日露首脳会談で、日本側にはなんの成果もないどころか、プーチンがその訪日を徹底した反米アピールに利用しただけで、安倍はそのプーチンになんの反論もできないままだった。
このままではアメリカの不信を買うのでは、と慌てた安倍政権が出して来たのが、真珠湾訪問を餌にオバマ大統領に首脳会談を求めることだった。
だがこうして弱腰の媚び売り外交が続いてしまっては、安倍にとっては今度は国内の、とくに自分のコア支持層とも重なる保守派の離反が怖いので、なんとか強気のポーズを演じなければならなくなった。そこでちょうど大統領が職務停止中の韓国相手ならたいした反論も出て来ないだろうと高をくくっての、強気外交のフリが始まっただけに過ぎない。
安倍外交は「地球儀を俯瞰する」と吹聴しながら、これまでもずっと国際情勢も日本の立場も見誤った空回りばかりを続け、なんの成果も出せないばかりだったたが、2016年の伊勢志摩サミット以降はとりわけ失態が相次いでいる。
G7サミットの議長国だというのに、国内選挙目当ての消費増税先送りを自己正当化したいだけで「世界経済はリーマン・ショック前」と主張する珍妙な資料を各国首脳に配って参加国の軽蔑を買い、歓迎式典の一貫として首脳陣に伊勢神宮を参拝させたことも、欧米メディアに「国家神道」の解説つきで「危険なナショナリズム」と厳しく批判されてしまった。
国内的にはオバマ米大統領の広島訪問の「感動」でうまくかき消すことはできたものの、伊勢志摩サミット自体が英国のEU離脱を阻止できなかったG7史上最大の失敗だったことは隠しようがない。もっとも、そこまで安倍晋三の失態だと責めるのはさすがに筋違いだろう。最大の戦犯は、官邸リーク報道によればこの時にとくに安倍への不快感を露にしたと言われる、デイヴィッド・キャメロン英首相だ。
とはいえ、安倍外交もまったく無関係とは言い難い。G7の準備で欧州を外遊した際に英国でEU残留の経済的なメリットを訴える演説をやったのはいいが、「お前こそ経済政策に失敗しているくせに」と英国の大衆紙にまで小馬鹿にされる顛末だったし、伊勢志摩サミットが安倍の「リーマン・ショック前」珍説の主張で混乱してなんら実のある成果も出せなかったことも、英国民の現代の国際秩序への不信感と、無能な外国首脳の言いなりになっているとの批判が強かったキャメロン政権への不満を助長してしまったことは否めない。
伊勢志摩サミットがぎくしゃくしたもうひとつの大きな原因は、ウクライナとクリミアの紛争やシリア内戦への介入でG7が歩調を合わせて批判を強めているはずのロシアのプーチン政権に、議長国であるはずの日本が妙に擦り寄っていたことだ。
直接の批判こそ出なかったのは、領土問題の解決を掲げる安倍政権の立場を、他の参加国も表向きは尊重せざるを得なかったからに過ぎない。議長国があのようにあやふやで、二枚舌も露骨な態度では、武力による現状変更を許さないとするG7が公式に確認した姿勢も、空約束の欺瞞にしか見えなくなる。
対ロシア前のめり外交のボタンの掛け違え
安倍は伊勢志摩サミットの準備・根回しが目的のはずのヨーロッパ外遊で、他のG7参加国の危惧そっちのけにソチにあるプーチンの別荘にまで立ち寄って「新しいアプローチ」と称する領土問題交渉を始めた…というか、国内向けには北方領土を取り返すのだと喧伝していた。
もっともこの「新しいアプローチ」がなんだったのか自体、今になってもよく分からないのだが、この時点ですでに安倍の姑息な二枚舌がプーチンに見透かされ、弄ばれていただけなのは確かだ。
他のG7各国はもちろん経済制裁に風穴を開けたいプーチンの目論みも見抜いていただろうに、安倍はあろうことか「新しいアプローチ」で信頼関係を醸成するとして、自ら(制裁破りの)経済協力を申し出てしまったのだ。まるで「飛んで火にいる夏の虫」というか、これでプーチンに利用されないわけがない。
日本では領土問題が議題のようにばかり思われているが、ロシア側から見れば安倍が提案した「新しいアプローチ」とは、未だに日露間に第二次大戦の終結を確定する平和条約がないので、それを締結しようという話だ。1956年の日ソ共同宣言では、平和条約の締結と同時に歯舞色丹が日本に返還されるとは書かれていて、だから日本の政界では「平和条約」イコール「北方領土返還」と思い込みがちなのだが、それは日本の側だけに通用する思い込みに過ぎない。
平和条約の締結が約束されてもう60年も経っているのは問題だとする安倍の表向きの理屈自体は、確かにまったく正しいので、プーチンは(安倍の意図が別のところにあるのは百も承知で)平和条約の締結とシベリアやサハリン州の経済開発への日本の協力を交渉しましょう、と話に応じただけなのに、安倍が「手応え」を感じたと日本のメディアに力説していたことがすでにボタンの掛け違えだったし、プーチンはその安倍の勘違いをこそ利用することしか、最初から考えていなかった。
ちょっと考えればすぐ分かることのはずだ。
経済協力を深めて日露の「信頼関係」を構築するのは平和条約の締結には必要なロジックだが、領土問題はまたまったく別の話だ。
なのに「信頼関係」のための経済活動を、懸案の北方四島でもやろうというのが「新しいアプローチ」であるらしい。
そもそも「これから徐々におたくの土地を乗っ取るために、まずは仲良くしましょう、商売もやりますから信頼して」と言ってやってくる外国人への「理解」を深めて受け入れる国民なんてどこにいるのか、という話でしかない。安倍首相は荒唐無稽な平和ぼけもほどほどにするべきだ。
北方領土問題をめぐる日露両国の認識の違い
それに歯舞・色丹はともかく、択捉・国後はサンフランシスコ講和条約で日本が領有権の放棄を明言している南千島列島に属するとみなすのがロシア側の一貫した立場である上に、この条約に署名した際の吉田茂首相自身もそうみなしていた節があるし、1956年の日ソ共同宣言も明らかにこの解釈に基づく内容になっている。
なのに日本が1960年頃から方針を「四島返還」に変えたこと自体ロシア側には通用しないし、それがこれまでも何度か行われて来た日ソ・日露の領土交渉が常に頓挫して来た最大の理由になって来た。
日本の報道がこうした事実関係をちゃんと報じて来なかったことにも大きな禍根はあるが、安倍が「新しいアプローチ」を打ち出して平和条約締結に言及し始めた時点でも、日ソ共同宣言に立ち返るということならば歯舞・色丹の二島のみの返還を意味しかねないことすら、日本のメディアも識者もしっかり指摘しようとはしなかった。
さすがにこれで北方領土問題は解決するという安倍の妙に楽観的な見通しは眉唾扱いだったにせよ、肝心の論点を避ける報道の態度があらぬ期待を助長させ、安倍の前のめり外交を暴走させたことは否めない。
オバマ政権やEUのG7参加国の不信を買いながら対ロ交渉を続け経済協力を約束する安倍の綱渡りには、政府内部でも外務省が賛成したとはとても思えない。案の定、参院選後には世耕経産大臣が対ロ交渉担当大臣も兼ねることになり、外務省は蚊帳の外に置かれている。世耕大臣はロシア側のリップサービスにうまく乗せられてしまい、領土も平和条約もそっちのけで、次々に日本の経済協力分野を増やして後に引けなくなってしまった。
一方、並行して安倍政権はアメリカ、オバマ政権の不信をなんとか払拭しようと(というか、媚を売ろうと)、大統領選挙まっただ中にヒラリー・クリントン候補との会談にまで踏み切った。これも率直に言えば、通常の外交常識ではかなりあり得ない話で、果たして外務省が積極的に動いたことなのかどうかもよく分からない。
だが大統領選挙の思わぬ結果に、安倍が外務省に激怒したらしいということは漏れ伝わっている。
想定外の「トランプ大統領」にパニックに陥った安倍政権
大統領選挙の予測が完全に外れて苛立ち焦った安倍は、今度はまだ次期大統領の立場だったトランプと一刻も早く直接コンタクトを取り会談を設定するよう激を飛ばし、外務省は(本来ならまず外交慣例としてやってはいけないことなのに、そうとは安倍に言えなかったのだろうが)のらりくらりと返答をしぶり、パイプがないので無理、と断った。
すると安倍は「外務省は頼りにならない!」と激怒したそうで、側近である今井首席秘書官の出身官庁である経産省のルートでトランプ・タワーのトランプ自宅の電話番号を探り当て、ペルーでのAPEC会議に向かう途中に立ち寄るアポイントを取り付けることに成功した。
なんでも今井秘書官と経産省がかつてトランプ・タワーに住んでいた人物から電話番号を聞き出して実現したものだという内幕は、安倍に忠実なジャーナリストがいかにも安倍政権の実行力の実例のように話していたことだが、客観的には安倍がそこまで懸命に下手に出れば、トランプに弄ばれたのも当たり前だ。なのに会談後は「信頼できるリーダー」と持ち上げ、自分がアメリカの次期大統領と「個人的な信頼関係」を結べたことを直後のAPEC会議でも吹聴してまわったらしい。
だがそのAPEC会議の期間中に、トランプはあれだけ安倍が執心していたTPPからの離脱を宣言してしまった。
それでも懲りずにトランプとの「個人的な信頼」に執着したい安倍を尻目に、選挙中から超保護主義を公約していたトランプが案の定ツイッターでトヨタを「口撃」し始めた時も、当のトヨタは冷静だったが、安倍政権はあたかも鳩が豆鉄砲でも食らったかのような慌てっぷりを世耕経産大臣が見せるというていたらくである。
この前のめりのトランプ詣でについて、日本では現職大統領に対する非礼だからオバマが怒ったかのようにのみ報じられているが、むろんオバマ政権が露骨な不快感を示して直後にペルーのリマで予定されていた首脳会談をキャンセルした理由が、そんな単純なことであるわけもない。
オバマが自分からトランプへの政権交替の「トランプ・ショック」のダメージをなんとか最小限に抑えようと、ホワイトハウスに招いてサシで話し合うなど、懸命な工作を続けていたところへ、安倍がトランプにいそいそ尻尾を振って他愛もない世間話を交わしただけで「信頼できるリーダー」とおべんちゃらを使えば、トランプを増長させる妨害行為にしかならない。
トランプ詣ででプーチンに「なめられた」安倍
だが安倍に腹に据えかねたオバマに首脳会談をキャンセルされたこと以上のダメージが、この一件にはあった。安倍のあまりに卑屈な態度を手玉に取れると判断したのがプーチンで、リマでの日露首脳会談では突然、安倍の顔が真っ青になるような厳しい態度に豹変したのだ。
アメリカの新大統領に卑屈に尻尾を振る安倍に一発ガツンとやっておけば、自分の訪日でも安倍を思い通りに操れると踏んだのだろうし、現にその通りの展開になった。
安倍の焦りに追い打ちをかけるように、プーチンはさらに世耕大臣の交渉相手だったロシア側の大臣を突然の汚職疑惑で失脚させ、読売新聞と日本テレビのインタビューには「領土問題なぞない。日本側は勝手にそう思っているようだが」と余裕たっぷりに安倍を小馬鹿にしてみせた(この取材は12月初旬に行われていたのに発表がかなり遅れたのも、奇妙な話だ)。
追いつめられた安倍は慌てて蚊帳の外に置いて来た外務省に泣きついて、岸田外相に官邸と側近の世耕大臣の尻拭いをやらせようとサンクトペテルスブルクに派遣したところ、外相会談は先方が1時間弱の遅刻で、プーチンとの面談に至っては2時間半も待たされるという露骨に非礼な冷遇だった。
どちらがボスなのかをはっきりさせるマウンティングと言わんばかりのプーチンの強腰に、自分の地元の山口県にわざわざ招待するとまで言っていた安倍は完全に足下を見られ弱みを握られた格好になり、ひたすら下手に出て媚びへつうしかない。そもそも東京で会えばいい、というプーチンに、山口訪問を無理に頼み込んだのも安倍なのだ。
そしてその山口訪問では、プーチンがわざと3時間近い大遅刻までやらかしたのは周知の通りだ。
北方領土なぞ吹き飛んでしまったプーチン山口訪問の爆弾
政権与党の屋台骨を支える二階自民党幹事長ですら「がっかり」を隠せなかったのが北方領土返還交渉の「新しいアプローチ」の顛末だったが、大遅刻で長門市に到着したプーチンは、訪日直前の険悪な空気からすれば、意外なまでに愛想がよかった。
とはいえ、もちろんこれも安倍の卑屈な性格というか、元KGBで危機管理のプロの自分に安倍が歪んだ憧れを抱いて気に入られたい一心であることを見抜いて、いいように手玉に取るための策略だったのだろう。
この山口訪問の準備段階でも、ロシア側は日本の「危機管理コンプレックス」をくすぐるような動きをさんざんやっている。わざわざ安倍のお気に入りの長門の旅館に先遣調査団を派遣し、離れの貴賓室への宿泊を「警備上の問題」で断ったりしているのだ。それに安倍としてはここでプーチンとの親密ぶりを国民にアピールしたい下心もあったわけで、ちょっと愛想を振りまいて安倍を喜ばせて言いなりにすることなぞ、プーチンにしてみれば赤子の手をひねるようなものだった。
日本では北方領土がどうなるかばかりが注目されたが、この日露首脳会談の焦点として事前に予測された事実上の対ロシア経済制裁破り以上のとんでもない事態が、プーチン到着後の夜の安倍との会談でまず飛び出した。ラブロフ露外相が、二人の首脳が日露2+2安全保障連絡会議の再開で合意したことを記者団に告げたのだ。双方の外務大臣と軍事担当の大臣どうしが定期的に軍事安全保障について話し合うというのでは、もう経済制裁どころではない。安全保障政策でも日本がロシアとの連携を強める、という意味にしかならず、アメリカの不信感は決定的になる。
さらにロシア側は、安倍首相がウクライナ、シリア情勢についてプーチン大統領と理解が一致した、とも発表している。これではロシアに向けられた国際的批判は骨抜きになってしまう。
そもそも、プーチンが大遅刻の理由に挙げたのが、トルコのエルドワン大統領と共に電話でシリア内戦の停戦の調整に当たっていたから、というものだった。大遅刻に苦言を呈しなかっただけでも安倍のプーチンへの媚び売りは相当なものだったが、この理由を言われて黙っていては、ロシアが国際的に(というか、少なくともG7を中心とする旧西側・自由主義陣営に)非難されている問題について、日本がロシア側についてしまったことになる。
しかも翌日の東京での会談を経た共同記者会見では、プーチンからさらなる爆弾発言が飛び出した。北方領土問題について二島返還ですら現状は応じられない理由を、あえて正直に明言したのだ。
アメリカ批判に終始したプーチン、反論できない安倍
日米安保がある以上、歯舞・色丹を返還した途端にそこに米軍基地が作られる可能性があることを、プーチンは安倍の目の前で記者団に語った。
国後と択捉がロシアにとってアメリカの軍事的脅威に備えるためには確保し続けなければならない海路上に当たる以上、そのすぐ近くに米軍の基地は作らせないという保証がない限り、二島の返還でもロシアの安全保障上不可能であり、日本はそのロシアが譲れない一点で不安を払拭して信頼を勝ち得る必要がある。
さらにプーチンは日本の方針が1956年の日ソ共同宣言では歯舞・色丹の二島の返還だったはずが、四島返還でなければ応じないという強硬姿勢に変わった理由について言及してさらなるアメリカ批判を展開した。いわゆる「ダレスの恫喝」、アメリカ国務省が沖縄を返還しない可能性までちらつかせて、二島返還による平和条約締結方針の破棄を迫ったことだ。
プーチンは日ソ、日露の領土問題が膠着した原因は日本が四島返還に態度を変えたことにあり、それが日本が1960年の日米安保改訂による対米従属でアメリカの横暴に甘んじる方針転換だったとまで、安倍の目の前で言ってのけたのだ。その日米安保の改訂は岸信介内閣のやったことだ。プーチンから見れば領土問題の解決を阻んだのは日本、それも安倍の祖父の責任で、北方領土よりも日米同盟をとった過去を清算しない限り安倍の求める「信頼関係」はあり得ない、と明言したに等しい。
だが安倍はそんなプーチンに一切反論しないどころか、「新しいアプローチ」に基づくロシア東部、シベリアとサハリン州における日本の経済活動の活発化と、それを北方四島にまで広げるための「新たな制度」の交渉が始まるのだ、そうやって日露の信頼関係を強めるのだ、とばかり力説してしまった。
要するにまったく話がかみ合っていないのだが、安倍がそういう状態になることもプーチンは計算していたのかも知れない。これでは客観的には、プーチンが反米メッセージを発するために訪日を利用しただけでなく、安倍がプーチンのアメリカ不信に賛同し、日本はロシアとの信頼関係のために日米同盟について留保することも考慮する、という意味にも受け取られかねない。
安倍政権はこれまで、国内的には対米従属を一貫した外交の基本方針として掲げ、安保法制も強行したし、今度はこれまたかつてのアメリカの要請だった共謀罪まで通そうとしている。だがアメリカから見ればその安倍の姿勢自体が、必ずしも信頼に値するものではない。いやむしろ、第二次大戦がアメリカにとっては正義の戦争となる根拠である日本の侵略と戦争犯罪、非人道行為の責任をうやむやにし続けていることも鑑みれば、なにかと言えば日米同盟の重要性を強調して来た安倍の言動自体が、信用できない二枚舌にしか見えない。
真珠湾訪問という媚び売り抱きつき外交
日露首脳会談は安倍がプーチンに全面協力してしまった格好で終わり、報道でも領土交渉の失敗くらいはさすがに論じる他なくなったと思われたタイミングで、安倍が今度は唐突にハワイを訪問しオバマと共に真珠湾に行く、そこでオバマと最後の日米首脳会談を行う、とアナウンスした理由も、この文脈ではあまりにも分かりやすい(のに、日本のメディアでは誰も指摘しない)。
それにしても安倍政権は、相変わらす妙なところで悪知恵が働く。12月下旬には、オバマ大統領は休暇を家族と共に生まれ故郷のハワイで過ごすのが毎年の恒例だ。休暇中なのだからスケジュール上の理由で断るのは難しい。いや休暇なのだから仕事はしない、という断り方も、真珠湾を一緒に訪問して日本が始めた戦争を反省したい、というオファーであれば、アメリカ大統領としても、一貫して平和と和解と相互理解を新たな世界秩序の基本理念として掲げようとして来た(実践はあまり伴わなかったにせよ)バラク・オバマ個人としても、これは断るわけにはいかない。
外交的にほとんど意味がない儀礼的なジェスチャーでしかない真珠湾訪問だったが、だからこそ誰にも批判できない。今さら形だけにしても歴史的な訪問にはなるので、日本の報道もこれ一色に染まり、北方領土交渉が完全に暗礁に乗り上げたことはすっかり忘れられてしまった。
唯一不満が出て来るのが安倍のもっとも熱烈な支持層だろう。真珠湾を訪問すること自体が謝罪のジェスチャーになるわけで、日本はアメリカに騙されて、追いつめられて国を守るために真珠湾を攻撃したのだという(その実まったく自己矛盾してなんの整合性もない)神話を信じ切った一部の右派層の不満は避けられない。
そこで安倍は側近というかお気に入りの稲田朋美防衛大臣に靖国神社を参拝させたわけだが、これが韓国で思わぬ余波を引き起こすことになる。
釜山の日本総領事館前に学生団体が設置した(日本への抗議というよりは朴槿恵批判の)慰安婦像は、いったんは道路を占有する許可がないのを理由に撤去されていた。だがあからさまに稲田氏の靖国訪問に対抗するタイミングで、釜山市東区がこの決定を撤回したのだ。
外務省を無視した安倍の自称「地球儀を俯瞰する外交」の非常識
今回、大使や総領事を帰国させるという無茶苦茶なやり口も、岸田外相が東欧に外遊中で留守のあいだに起こっている。
安倍が外務省を無視した行動で岸田外相を苦境に追い込んだのはこれが初めてではない。目立った事件だけでも就任直後には中国艦船による「レーダー照射」という馬鹿騒ぎもあって中国外務省に馬鹿にされただけだった。イスラム国人質事件は外務省の反対を押し切って「イスラム国と戦う国々に」とカイロでの演説で言ってしまった結果起こったことだし、外務省が主導していれば絶対にあり得ないような稚拙な交渉でみすみす人質を「公開処刑」させてしまった。
歴史問題がらみでは、「明治の産業革命遺産」の世界遺産登録でも、岸田外相が韓国の尹炳世(イ・ビョンセ)外交通商相との会談で韓国も含む全会一致での採択となるよう穏便にまとめたはずが、安倍が韓国の賛成演説を妨害しようと世界遺産会議の当日に現場の担当者の携帯電話に直接電話をかけるという馬鹿げた策謀の結果、「明治の産業革命遺産」の登録自体はなんとか通ったものの、懲罰的な付帯決議を全会一致で出されてしまった。
この決議によれば、朝鮮人を含む強制労働の歴史に該当する歴史資産でしかるべき言及と説明がない場合、この世界遺産登録は今年の会議で取り消されることになっている。すると安倍政権では、本来ならきちんと説明だけすればいいことを、わざわざ国税を注ぎ込んだ基金の設立を決定している。なんでも金で解決しようという安倍政権の態度が露骨過ぎるのも、外交として決して賢明なやり方ではない。
岸田外務大臣も、よくもまあここまでしょっちゅう安倍の尻拭いをやらされながら、黙って忠実に泥をかぶり続けているものだ。
米議会での演説も、外務省をシャットアウトして側近の今井秘書官に書かせたスピーチを得意満面に下手な英語で読み上げたりするから、安倍が人脈があると思っていた共和党からさえ批判されてしまったのだ。
伊勢志摩サミットで「リーマン(ショック)前」と主張する珍資料を配って世界経済危機を力説したのに至っては、官邸のごく一部で今井首席補佐官が中心に準備したもので、霞ヶ関にとっても寝耳に水だった。
慰安婦問題についての日韓合意も外務省そっちのけで官邸と青瓦台(韓国大統領官邸)の秘密交渉で進めたもので、外務省からは「仕事納めはソウルになるらしい」と岸田外相がぼやいていたことすら報道にリークされている。
日本の外務省だってそんなに有能なわけではない。例えば泥縄になるのが目に見えていたアメリカのイラク侵攻に日本が真っ先に賛成してしまったのも、外務省の誤った判断(反対を明言していたシラク仏大統領も最後には折れると思っていた)に小泉純一郎首相(当時)が従ってしまった結果だった。対人地雷禁止条約は外務省の官僚がアメリカへの配慮で猛反対していたのを、後に首相となる小渕恵三外相が政治主導で押し切って日本が最終的にリードして発効できたものだし、クラスター爆弾禁止条約もやはり外務省の対米配慮の反対を押し切って福田康夫首相が日本の国際的な信頼を守った。
それでも国際政治や外交におけるあまりに当然の前提や常識を無視した安倍の、地球儀がまったく俯瞰できていない独りよがりな失態をやらかすまでに、外務省が無能なわけがないし、表向きは対米隷属を公言しながら、そのアメリカからも信頼されないような矛盾してちぐはぐな外交は、安倍の稚拙な思いつきが引き起こしている。
失敗続きの安倍外交のなかでも最大の失敗といえる北方領土交渉の顛末を見ても、外務省がいかに蚊帳の外に置かれているかがよく分かる。首脳会談の「成果」を装って、日本企業が北方四島で経済活動を行うための「特別の制度」というまたもや内容不明概念が飛び出したのも、外務省が止めなければおかしい、あまりに滑稽なものだ。
「新しいアプローチ」に「新たな」「特別の制度」、意味不明語を連発する安倍外交
安倍は首脳会談の終了した夜のニュース番組に次々と生出演したが、プーチンとのあいだで合意したという「特別の制度」がどんなものなのかを問われても、「前例のない考え方なので説明が難しい」などと言葉を濁しただけだった。
無理もない。説明が難しいもなにも「あり得ない」ことでしかないのだ。
会談初日(というか初夜)に安倍首相がこの「特別な制度」を得意げに発表したのとほぼ同時に、ロシア側ではロシア法の枠内で日本のために新しい制度を考慮することを約束したと大統領補佐官が発表している。
安倍政権はこのロシアの発表を否定しているのだかしていないのだかもよく分からない「日本の法的立場を害さない」なる言い回しに終始しているだけだが、否定できるわけもない。
「法制度」であるからにはその法文を解釈・施行運用して責任を負う主体がなければ「制度」とは言えないわけで、日本の官憲が北方四島に常駐でもしない限り(そんなことロシアが認められるはずもない)ロシアの主権と施政権を前提にした話にしかならず、それではこれまでそのロシアの施政権を認めないとして旧島民が故郷を訪問することすら原則禁じて来た日本政府の「法的立場」は維持できない。
外務省がちゃんと関わっていれば、こんな元から無理があり過ぎる話が独り歩きを始めてしまうような事態は避けられたはずだ。
ちなみに、ここにまず大きな誤解があるようだが、旧島民の墓参や帰郷を阻害して来たのは、冷戦期(ソ連時代)ならともかく、今のロシアの責任ではない。日本人が普通にビザを取得する限りはロシア領のどこでも、もちろん北方領土でも、訪問することにロシア側からの制約はない。冷戦後の日ソ・日露交渉でビザなし渡航にソ連とロシアの政府が合意したというのは、ビザ発給では形式上日本政府がロシアの施政権を認めて自国民の保護を求める(パスポートとはそもそも、そういう要請文書だ)ことになってしまうので「日本の法的立場」が害されるという日本側の主張に、先方が妥協してくれたからだ。
宿泊などに一定の制約がかかるのは、ビザなしパスポートなしという条件と引き換えに、ロシアの警察には法論理上、その旧島民が事故や事件に巻き込まれても自国民と同様に保護する義務がなくなるからだ。ではこのビザなし渡航ひとつをとっても、本当に拡大は可能なのだろうか?ましてそれが旧島民とロシア人である今の島民の交流拡大につながるとは、能天気な絵空事もはなはだしい。
安倍氏は「国家とはなにか?」が分かっていないのではないか?
北方四島のロシア人たちがまったく日本に警戒や敵意を持たないとしても、「特別な制度」は商法・民法のレベルでの特別扱いまでなら可能だが、それを許すのはあくまでその土地を実効支配する行政当局だ。主権自体を適用外とする、つまり日本人・日本企業の経済活動がロシアの施政権の枠外で行われるのなら、法の保護が適用されず、つまりロシアの官憲がその安全を守ることにも、人道上やむを得ぬ理由以上の期待はできない。
これでは日本企業の施設は日本の武装警察なり自衛隊が警護する飛び地の砦みたいなかっこうにならざるを得ないし、そんな日本企業の経済活動が、今の北方四島の住民であるロシア人たちに受け入れられるはずがない。
「新しいアプローチ」とは、どうもこうした経済活動や旧島民の帰郷を増やすことで北方四島住民のロシア人と日本との交流を深めていけば、いずれ領有権を日本に移譲されても構わないとロシア人に思ってもらえるという話らしい。安倍が本気で言っているとしたら呆れるばかりで、ならばロシア人から見れば日本企業は自分達の住む島をいずれ乗っ取ることを目的にそこで商売を始めることになる。頑強なボイコットで済めばまだよく、襲撃が起こってもおかしくない。そこで略奪が始まっても、ロシアの主権外の「特別な制度」ならばロシアの官憲には止める義務がない。
安倍首相が「特別な制度」などと思いついてしまったのは、国家の施政権を権力者の権利、その主権をただ自分たちが権力を振るえる範囲程度にしか理解できていないからなのだろう。
国家が主権を有し警察権などの施政権を行使するということは、その地域の治安を維持しそこで暮らし活動する人々の生命と財産と生活を守る義務を意味する。こんなのは民主主義とか国民主権、法治主義といった近代の国家理念以前の話で、人類が共同体を営みそれが国家という形態を取って以来もっとも基本的な、古今東西に普遍的な国の役割のはずだが、安倍氏は考えたこともないらしい。
「ウィーン外交関係条約」を持ち出す荒唐無稽な非常識
同じ非常識な無理解は、慰安婦問題の日韓合意をめぐる安倍政権の出鱈目な韓国非難にも共通している。だいたいこの合意自体、すでに述べた通り双方の議会が承認批准したものでもないのに、外交の継続性を盾に「国と国との約束だ」と迫っているつもりの安倍政権は、韓国のテレビ報道が呆れてコメントしたように「政権交替の意味が分かっていない」としか言いようがない。
さすがに日韓合意の不履行で韓国を責めることができないとは分かっている菅官房長官は、記者会見で慰安婦像がウィーン外交関係条約に違反するかのように言い出して国内向けの正当化偽装のアピールに懸命だが、これもまったく馬鹿げている。
同条約の22条2項には在外公館の保護義務が書かれているが、これは国家間の関係が悪化した場合でも、その相手国・敵国の公館に対する犯罪行為やリンチを当該国の官憲が野放しにはしない、という外交慣例を条文化したものだし、国際法があくまで国家とその政府を縛る役割しか持たない以上は、基本的に国内刑法に反する以上のことを取り締まる義務なぞ課していないとみなすのが普通の解釈だ。
あるいはホームレスの路上生活者が大使館や領事館前をねぐらにしてしまえば、条文にある在外公館の「威厳」や「安寧」は損なわれるだろうが、抗議活動について「威厳の侵害」というのは、せいぜいが糞尿や食べ物を投げつけたり差別的中傷の罵詈雑言を指すものだ。
たとえば日本で「在特会」などがこの件で韓国大使館にデモと称して徒党で押し掛けたりした場合には、よほど言動に注意しない限り、日本政府には取り締まりの義務が生じる(ちなみに「反韓デモ」が脅迫罪などの刑法犯とみなされないこと自体が、国連人権理事会から改善勧告が出ている)可能性は高い。
あるいは大使館前に騒音や悪臭でも放つ装置とか、汚物の塊でも置けば当然問題になり、警備義務の対象に該当するはずだ。
だが慰安婦像は彫像であり、しかもそれなりの評価を受けている芸術家の作品だ。
在外公館前でその他国に抗議する内容がまったく事実無根の誹謗中傷や、人種差別に基づく侮辱でない限り、周辺の治安が脅かされるような事態にでもならない限りはウィーン外交関係条約の在外公館の保護義務は適用されない。慰安婦問題が史実で、実際に被害者もいる以上(そして慰安婦像がその被害者を表象したものである以上)、この条約でいう「威厳の侵害」になるわけがないのだ。
だいたい日本政府も公式には慰安婦問題と日本政府の責任を河野談話で認め、今回の合意でも確認しているではないか。日本側が「侮辱だ」と言うのなら、まず河野談話を撤回し慰安婦問題という史実そのものを否定しなければ、在外公館の保護義務違反も問えるはずがない。
どうも安倍政権は、国家の法と国際法の管轄・適用範囲や政府の権限の範疇、つまりは法治主義の根幹というものを理解できていないか、理解していない支持者を騙すことで政権を維持しようとしているようだ。
支持者向けのポーズで振り上げてみせた拳の下ろしどころが見えない
駐韓国大使の召還すらちらつかせるということは、形式上は外交関係の断絶すら意味する重大事だが、その理由が慰安婦問題をめぐる政権の子供じみた感情論というのも、なんともちぐはぐな話だ。しかも外交交渉上の落とし所もまったく見えないわけで、いったいこの先どうするつもりなのだろう?朴槿恵大統領の弾劾裁判が順調に進んでも、韓国で交渉相手になる新政権が誕生するにはまだ数ヶ月かかる。
どっちにしろこの問題では、日本は韓国の政権になんらかの妥協をしてもらう以外に逃げ道はないのだ。いかに国内に引きこもって威勢のいいことを言い合おうが「朝日新聞の捏造」などの馬鹿げたフィクションが今さら日本以外で相手にされるわけもなく、客観的には日本が自国の戦争犯罪の被害者を侮辱し愚弄していることにしかならない。
産経新聞などが「歴史戦」などと銘打ち、その文脈で書かれた書籍の英訳を自民党が党費で英米の日本研究者などに送りつけているのだが、かえって日本の現政権がなにかおかしいのではないか、という疑念を、本来なら日本の立場をそれぞれの国で代弁してくれたりするはずの学者たちに植え付けているだけだ。
だいたい慰安婦問題が本当に「捏造だ」というのなら、まず河野談話を撤回しなければならない。
これまた国内向けには「証拠がない」と国民を誤解させている第一次安倍政権時の閣議決定の実際の内容は、河野談話に自民右派の圧力でねじ込まれた「強制を命じた証拠がない」という内容の再確認で、河野談話の段階の調査で日本の公文書を調べた限りでは、軍が直接に暴力による威嚇・脅迫という手段を特定して慰安婦を集めて来るよう命じた文書が確認できなかった、というだけだ。
慰安婦問題についての日本政府の二枚舌は限界に達している
河野談話に書かれていたことをわざわざ閣議決定で再確認したこと自体が不自然なだけでなく(というか、第一次安倍政権でも河野談話の撤回を試み、できなかった負け惜しみでしかない)、元からなんの意味もないへ理屈でしかない。
慰安婦の募集が軍の部隊に命じられたり、戦地での「現地調達」が行われている以上、武力暴力による威嚇・脅迫が明確に禁じられた命令書があって、かつ最低限でも違反者が処罰された事例がない限り、任務の遂行に暴力による直接・間接の威嚇脅迫が用いられるのは当然の前提(軍の部隊を使うこと自体が暴力による威嚇脅迫による強制の効果を持ち、そうでなければ軍の部隊を使う意味がない)だし、だいたい命令書には任務を書くものであって、わざわざ手段が明記されること自体が稀かつ不自然だ。まして当時の日本の国内法や倫理観に照らしても許されない類いの命令は、口答で済まし証拠となる記録を残すはずがない。
だいたい安倍自身が「現場の兵士による犯罪行為ならあったと思う」と海外メディアの取材には答えているわけで、こんな野方図で無責任な言い草もないし、河野談話以降もアジア女性基金による償い金支払いのための個々の被害例の細かな調査も行われ、歴史学上の研究も進み新史料の発見も続いている。慰安婦の「募集」に当たった部隊の兵士の日記も旧満州で発見され分析が進んでいるのに、今さら20年前の河野談話を出す時点での調査結果だけの内容を確認したところで、まったく意味がないのだが、安倍政権は検証された史実でさえ政府が公認しない限り認めないと言い張るほど、国家権力や政府の権限について倒錯した勘違いをしているのだろうか?
韓国以外の慰安婦制度の被害者を抱える国々や、かつて日本の戦争の戦渦に苦しんだ国々も、このままでは黙っていられなくなる。頼りになるのは日本が未だ経済大国としての揺るぎない地位を保っていることで、だから友好関係を壊したくない国々はそれなりの配慮は事欠かないものの、アベノミクスが行き詰まり、少子高齢化で日本の将来に暗雲が見えている今、その地位もかつてほど盤石ではない。
実をいえば安倍政権は、もうこの対韓国の言いがかりを終息させざるを得ない立場に追い込まれている。退任間近のオバマ政権から、ケリー国務長官が「仲介を申し出た」と1月11日付けで報道が出たが、もちろんこれも政権におもねってオブラートにくるんだ表現というか、外交辞令上の用語をそのまま使っただけで、誰が見てもこのタイミングで日韓の問題にオバマ政権が出て来ること自体が「圧力」に他ならない。
またこのアメリカの「仲介」申し出を最後にこの慰安婦像問題の報道がほとんど国内メディアから消えているのも、あまりにも分かりやす過ぎる政権への忖度ないし記者クラブ等を通した圧力だが、失態があれば新たな話題作りに走ってまた失態を繰り返す自転車操業状態の安倍外交は、すぐに別の話題にシフトしてしまった。安倍の東南アジアとオーストラリアへの外遊だ。
この外遊の留守中に、15日からの週のあいだに大使と釜山総領事が帰任すると内定したことも、日本の国内ではこれまた明らかに政権への過剰配慮として報道が控えられたようだが、韓国では報道されていた。
東南アジア外遊でまたもや暴走する安倍外交
失態や失敗があっても、そのことを報道や世論が分析・総括する前に、もう別の報道すべき話題が政権から提供され、失態が十分に報道されることもないまま、失敗が放置されているあいだにまた別の失敗が始まる異常事態の連続が、もはや安倍政権では常態化している。
第二次安倍政権の発足時から、この首相の外遊好きは際立って来た。テレビ写りがいいからではないかとか、海外では側近と、随行のお気に入りの記者団にだけ囲まれて、メディアからも政界からも直接に批判的なことを言われないで済むからだ、という意地悪な論評も、そう的外れではないのかも知れないし、今回のような発展途上国訪問では、相手国は経済大国日本に配慮を欠かさないし、援助を約束するばらまきだけでも形の上では感謝・歓待され、得意満面の自己満足に耽溺できる。
日本のメディアは取材力も落ちているのかも知れないが、一方では外遊先の国で実際には日本の首相の訪問がどう受け止められているのかも、もはやほとんど報道がない。
最初の訪問国フィリピンでは今後5カ年に渡って1兆円の巨大援助を約束し、最後の訪問国のヴェトナムでは最新式の巡視艇を無償提供することで、海洋安全保障での協力関係を強めたという話に日本の報道ではなっているが、例えばそのヴェトナムで先頃、日本の原発技術の導入が議会によって白紙撤回された話は、首脳会談でまったく触れられなかったのだろうか?ヴェトナム世論の反応はどうなっていたのだろう?
フィリピンではドゥテルテ大統領の出身地のバギオまで訪れ、日本国内ではいかにも歓待されたかのような報道ばかりだったが、安倍が去った直後にドゥテルテがバギオの商工会議所パーティーで演説して、驚くべきやりとりがあったことを暴露し、フィリピンだけでなくシンガポールなど東南アジア各地で報道された。
ドゥテルテは「安倍には(日本の)ミサイルは要らないと断った」というのだ。
明らかに官邸の意向を受けたのだろう、朝日新聞などはドゥテルテの発言を強引に曲解した火消し記事を出しているし、官房長官は会見で「承知していない」とだけ返答したが、日本がミサイル供与をオファーしたというのは、確かににわかに信じ難い話ではある。フィリピンには昨年にドゥテルテが来日した際にすでに巡視艇の無償提供が決まっているが、ヴェトナムへの同様の供与にしても、あくまで兵器、軍用目的ではなく海上警備活動、つまり警察権の執行レベルの装備だ。
ミサイルとなればまったく話が違って、日本国内でも大問題になり野党に責められて内閣総辞職にすら発展しかねないはずだが、ドゥテルテがそこで続けた言葉がまた奮っている。安倍に「第三次世界大戦になれば世界の終わりだ」とまで言ったらしいのだ。
またドゥテルテは同じ演説で、フィリピンは独立国でどこの国の軍隊の駐留も拒否する、とも語っている。ミサイル供与の話の信憑性はともかく、安倍外交の成果として国内では受け取られるよう報道が操作されて来た内容が、まったくの失敗に終わったことははっきりした。
今回の安倍の外遊の目的のひとつは、報道によればトランプに政権交替したアメリカの安全保障上のプレゼンスがこの地域に引き続き重要であることを確認しあうためだったというが、ドゥテルテははっきりと、他国の軍隊に守られるのは「嫌だ、出て行ってもらう Ayoko… sibat na kayo. (I don’t like it.. they have to go). 」と述べているのだ。
確かにドゥテルテは周知のごとく、バラク・オバマに暴言を吐いたことで物議を醸した人物だが、オバマが嫌いならトランプには従うだろうとでも、安倍は勘違いしたのだろうか?
ドゥテルテがオバマへの悪罵を口にしたのは、かつての支配者であるアメリカが今でもフィリピンの内政に口を出そうとすることに怒ったからだ。この大統領がフィリピンで強い支持を集めている大きな理由は、未だにフィリピンを半植民地扱いしているアメリカへの反発が強く、ドゥテルテはそうした先進国に隷属するような外交姿勢は取らないことを繰り返し鮮明にして来ている。アメリカ大統領に対する暴言をあえて口にしたのも、だからこそなのだ。
一方でドゥテルテは、安倍政権がオバマ政権を巻き込むことに成功した南沙諸島・南シナ海の中国と周辺諸国との領有権争いでも、訪中の際に棚上げを明言し、中国との経済協力関係は強化している。安倍が期待しているようなアメリカに依存した「対中包囲網」に参加する気なぞあろうはずもないし、それは他の訪問国にしても大なり小なり変わらない。
オーストラリアならまだしも、かつてアメリカの激しい侵略行為にさらされたヴェトナムも、かつてCIAに支援された暴力的な独裁に苦しんだ過去を持ち今も世界最大のムスリム人口を持つインドネシアの初の本格的な民主的な大統領であるジョコも、そしてもちろんドゥテルテのフィリピンも、白人至上主義者をコア支持層とするトランプのアメリカを信用できるわけがない。
中国との関係を良好に保つことはトランプのアメリカ第一主義の時代の到来に、急激に重要性を増している。
そうでなくとも安倍の稚拙な思い込みの思惑とは真逆に、オバマ政権下でもすでに東アジア、東南アジアの平和と安全は中国も含めたこの地域の国々の話し合いで守っていこうという機運が高まって来たのが現実だし、どの国にとっても中国との経済関係も自国の経済発展のためには無視できない。
だいたい安倍が期待するそのトランプもまた、就任演説で(安倍の期待を徹底して裏切って)、他国や世界秩序の防衛のためにアメリカが努力する気は毛頭ない、これからのアメリカは他国の国境ではなく自国の国境だけを守る、「アメリカ・ファースト」こそ全てだ、と明言しているではないか。
安倍外交はトランプ・パニック裏返しのトランプ依存に陥ったのか?
世界のリーダーのなかで安倍だけは、なぜかトランプへの過剰な期待に染まっているようだ。
その安倍が外遊で留守にしているあいだに、15日からの週のうちに帰任が内定していたはずの駐韓国大使と釜山総領事の帰任は、帰国した安倍が激しく反対したそうで、白紙に戻ってしまった。
もともと退任まで10日を切ったオバマ政権による「仲介」の申し出というか圧力(この場合「叱られた」と言った方が適確かも知れない)だったのだし、その言いなりになるのは安倍から見れば馬鹿げたことにはなるだろう。確かに、この一週間を辛抱すればトランプのアメリカになり、うるさいオバマはもういない。だがそのトランプが慰安婦問題で自分の味方になってくれる保証など、どこにあると言うのだろう?
安倍の期待としてはオバマのような「リベラル」(ないし「サヨク」?)だから慰安婦問題など日本の戦争責任がからむ日韓、日中関係で「反日」側の肩を持っていたのが、トランプなら自分とも「信頼関係」を築けたのだし、と無邪気に思い込んでいるのかも知れない。
一時は大統領就任式から1週間後の1月27日に安倍がトランプと初の首脳会談を行うことが、あたかも規定のスケジュールのように日本では報じられていたし、安倍はこの機会にトランプを味方につけて慰安婦問題での逆転勝利を狙っているフシもある。
だがこの就任早々の首脳会談の「予定」も、実際には安倍がさかんにその希望を伝えるよう指示を出していただけで、トランプが大統領として初めて会談するのはEU離脱を控えたイギリスのメイ首相に決まった。その後は「国境に壁を造る」と言い続けたメキシコとの対決モードの会談、トランプが駐イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移してパレスティナとの対立を激化させるのではないかと懸念されているネタニヤフ首相がトランプの要請で訪米し、メキシコと共にNAFTA再交渉の相手国となるカナダとの会談が続く。日米首脳会談の目処は、まったく立っていない。
トランプのアメリカへの恭順で中国以外のアジア太平洋地域をまとめようと、東南アジアとオーストラリアへの外遊までやってアピールに務め、その前にはトランプ詣でとAPECからの帰国直後に野党だけでなく与党内からの反発が大きいカジノ法案の国会通過を強行したのも、IR型の賭博場なら当然アメリカ資本の参入を前提にしているのがあからさまだった。だいたいトランプ自身の主な事業がホテルとカジノ、ゴルフ場などだ。
ここまで新大統領に尽くして来たというのに、安倍は無視されたかっこうだ。
安倍が強調する日米安保の重要性もトランプは歯牙にもかけない様子で、日本に言及するのはメキシコや中国と同列の、経済戦争の「敵国」扱いしかないし、そうなるのも無理はない。アメリカ国内ではほとんどの人にとって、日米安保条約にはなんの関心もない。トランプやその支持層が中国を敵視するのも、安全保障問題ではなく単に「商売がたき」と白人至上主義の人種差別があるからで、この点では日本もほとんど変わらない。
だいたいトランプの超保護主義・孤立主義の「アメリカ・ファースト」公約が揺らぐわけもないのに、安倍は通常国会の施政方針演説でもTPPへの期待を繰り返し、今回外遊した先の国々も巻き込んでこの協定の実現のためトランプを説得できる気でいるようだが、トランプは就任するとさっそくTPPから離脱するという公約を実行に移している。
安倍がわざわざ当選後真っ先にトランプ・タワーに馳せ参じて「信頼できる指導者」と持ち上げたことも、なんの効果もなかったどころか、就任式でも日本はむしろ悪意を持って言及されていた。
非白人国家なのにアメリカの白人至上主義政権に期待する安倍
安倍がいかに日米同盟の重要性を口先では繰り返し、安保法制に続いてこれも元はアメリカの要請だった共謀罪の国会通過を目指そうが、オバマ政権ですらその安倍を信頼はまったくしていなかったし、ことロシアのプーチンへの安倍の擦り寄り方を見ればそれは無理もない。
また過去の戦争責任への曖昧なスタンスの陰に露骨な歴史修正主義と人種差別や敵意が見え隠れしていることからして、理念的にも個人レベルでも、安倍のオバマとの関係がうまく行くはずもなかったし、慰安婦問題での韓国との和解を強要されるなど、安倍にとってもオバマは話が噛み合ないでうるさい存在だったのが本音だろう。
そうした個人的な感情が、安倍の内面ではオバマを嫌うトランプへの過大な期待に投影されているのかどうかまでは分からない。
だがロシアとの関係ひとつをとっても、安倍の大好きな「首脳どうしの個人的な信頼関係」がトランプとプーチンの間でも成立することに期待しているのかも知れないが、トランプがウクライナ問題を理由にした国際協調の経済制裁にオバマほどの意味を見出していないのは確かにせよ、だからといって米露関係が今後劇的に好転すると思うのは、あまりに楽天的というか希望的観測がひどい。
米露のどちらもが自国第一主義を全面に打ち出すリーダーどうしでは、むしろいつ深刻な対立関係に転じるのかも分からないし、トランプ自身はともかく与党共和党にも、軍と国防総省にも、トランプが指命した閣僚候補にも、ロシアには強い不信感がある。
またロシアはロシアで、国民は冷戦の終結後ずっとアメリカに裏切られ続けて来たと思っているのだ。
なるほど、CIAの調査ではロシアの情報部がトランプに大統領選挙で勝たせるように動いていたらしいし、トランプの当選はロシア国民には歓迎されている。だがそれはオバマが嫌われていたから以上に、賢いプーチンにとって愚かなトランプが遥かに手玉に取りやすい相手だからというニュアンスすら漏れ聴こえて来る。
世界中の多くの国々がトランプ新政権を疑心暗鬼で見ているし、こと安倍が先頃歴訪した東南アジアの国々など、欧米以外の非白人の国では、トランプのアメリカで人種差別色が露骨になっていることには当然強い不安がある。
中国が昨年の暮れから急に海軍力の増強をアピールしているのも、トランプのアメリカを警戒してのことだし、ただトランプがひとつの中国論に異議を提起していることだけが理由ではない。この政権の人種差別的・排外主義的な性格を見れば、日本だってまるで安心はできないはずなのだが。
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